序章
月は各惑星で大罪を犯した者の流刑地とされた。
一人また一人と増え、いつしか月には一つの街ができていた。
今日もまた一人流刑者が月へと流れついた。
「ここが月…」
宇宙船から降りた彼女の第一声であった。
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宇宙船の中は彼女と同じように大罪を犯した者たちが数人乗っていた。宇宙船は色んな惑星を巡り、流刑になった者を乗せ、月へと向かう。
月に向かう道中、船内は無言だった。
しんと静まり返った船の中でエンジン音が響き渡る。
彼女はエンジンの振動を感じながら自分の過去を振り返っていた。
彼女が住んでいたところでは双子は凶兆の証として忌み嫌われていた。彼女は双子だった。そして一国の王女でもあった。
彼女は世間の目に付かぬように隠されて育った。世間の目に触れれば王家への風当たりが強くなると考えられたからだ。彼女は城の中から出してもらえなかった。
10才のある日、彼女は本を読んだ。それは図鑑だった。
昆虫図鑑だ。その中でも彼女の目に止めたのは蝶のページであった。世の中にはこんなに美しい生き物が存在するのかと夢中でページをめくった。
16歳になったある日、彼女は部屋の窓から見える花壇を眺めてここから出る方法はないか思案した。
図鑑で見た蝶は花の蜜を好むと書いてあったので花壇で見ることができるかもしれないと彼女は思った。
しかし、外に出るにはこの部屋には厳重な鍵がかけられている上に廊下には何人ものメイドや兵士、王の臣下が行ったり来たりしている。
どうしたらここから出られるだろうか。彼女はひたすら考えた。すると窓にかかるカーテンを見た。
そうだこれだ。
彼女はカーテンをすべて外しカーテン同士を結びカーテンの先をベッドの足に固定して二階の窓から外へ垂らした。
そうしてするすると外へ伝っていった。
初めて裸足で草の感触を感じながら外の空気を吸い、花壇の土を踏んだ。
それらは少しくすぐったくも心地の良いものだった。
花壇には遠目からでしか見ることができなかった、色とりどりの花々が並んでいた。
近くで見ると香しい香りで満ちていた。そこへひらひらと花へとやってくるものがあった。蝶だ。
彼女は目の前のものに夢中になった。
夢中になって背後に立つ人物に気が付かなかった。
「王女様!こんなところにおられたのですか」
彼女ははっとした。振り向くと騎士の格好をした青年が立っていた。
「王女様、私の申し出は考えてくださいましたか?」
彼女は困惑した。部屋の中からあまり出たことがない彼女がこの青年のことなど知る由もなかった。
「あの、なんのお話でしょう」
「私の話をお忘れですか。」
青年は彼女に迫る勢いで声を上げた。
どうやら彼の申し出とやらは彼にとってとても大切なもののようだ。
そこへ違う人物が現れた。
「ウェールズ王子に、メルソン王女そんなところでいったい何をなさっているのです?」
「これは王妃様」
ウェールズ王子がそう呼ぶと彼女はうつむいた。
勝手に部屋から抜け出したところを母親に見られたのだから。彼女の名前はメルソンではない。メルソンは双子の姉の名で彼女の名前はアリソン。母親なら見分けがつくのだが、世間にはメルソンの双子はいないことになっているため話のつじつまを合わせるために王妃が便宜を図ったのだった。
「いえ、なんでもございません」
ウェールズ王子はそう言い残しその場から去った。
彼の姿が消えたのを確認すると王妃はアリソンに向かっていった。
「なぜあなたが外にでているのです。早く部屋へ戻りなさい」
「ごめんなさい。でも、部屋の中にずっといるのは退屈で息が詰まっちゃう…」
「部屋にいることがあなたのためなの。この国で双子はいてはいけないの。ウェールズ王子は他国の王子だからあなたのことを知らなかったけれど、他の国にあなたのことが知られたら大変なことになる。わかるわね」
「…はい」
そうして、アリソンは王妃につれられて部屋に戻された。
しかし、この一件がアリソンを流刑へとつながる事件に発展するのだった。