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世代交代  作者: 砥左 じろう
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背景

 中に入っていたのが離婚届で言葉を失う……。

 正直、良太の進路について話がしたいとかそんなことかと思ったが、違っていた。

 そもそも、何でもWebで済ませたがる夫がそういう相談をするなら、LINEに学校のURLでも送り付けてくるか……。

 普段からメディアや企業内の講習で、女性のキャリアと家庭の両立は可能です、などと高らかに宣言していた私に突き付けられた離婚届け。

 ただ、実際は嫁的な役割を第三者に任せることで成立させていた……。


 1人っ子として生まれ育ち、経済的には恵まれた家庭で育ったが、小3のときに両親の離婚で現実の闇を知ってしまって以降、稼がなきゃ自分のことを守れないんだ、と思うようになっていた。

 幸い、養育費をちゃんと支払ってくれる父親だったので、私立の碩応大学に進学できた。

 世の中には養育費を支払わない父親も存在していることを知ったときは衝撃を受けたが……。


 26歳のときに異業種交流会で出会った夫と付き合い始め、干渉してこない彼との交際に充実感を覚えていた矢先、妊娠が発覚する……。

 仕事に専念したい気持ちはあったが、30歳で管理職となった夫の稼ぎを思えば、経済的に不自由はしないし、年齢的にも脂の乗ったこの時期を逃したら、これ以上の男は見つからないだろうという打算から、結婚に踏み切った。

 当時、職場でも本社への栄転が決まり、期待を感じていた私は、仕事にブランクが生じるのが嫌で、産後2カ月で職場復帰する。

 母乳の出が悪かったし、良太とどう接していいのか分からなかったのもあったので、仕事をしている方が楽だった。

 そんな中2人で決めた育児のやり方が、全てを保育士さんや家事代行サービスに任せるというものだった。

 私は良太が小学生になるまで全てを委託する決心をして、仕事に邁進する日々を過ごした。

 良太が小学生になってからの私は、より一層多忙を極めた。

 その理由となったのが、社内の女性の出世を後押しするようになり、私を含めて評価されていたと思われる数名に、ドンドン重要な役割を割り当てられた。

 会社の期待に応える為、仕事に邁進する一方で、家庭のことを疎かにしたくないとも思っていたら、当時の上司から福利厚生として利用できるサービスに含まれた『家事代行サービス』の存在を教えられて、利用することに決めた。

 そこは良太が幼かったときにはなかった、別の会社だった。


 合わなければ、以前利用していたところに戻ればいい。

 そんなふうに考えて、お試しで頼んで、派遣されてきたのが青山さんだった。

 若い割にしっかりと責任感を持って仕事をしている。それが第一印象で、今も変わっていない。

 だけどもう彼女はいなくなる。そして夫も……。


 離婚届って女性から男性に通達するものだと思っていた私は、書類の隅々まで目を通して、愕然としている。

 すでに夫の記入欄が埋まっていたからだ。

 別に離婚しても経済的には困らない。良太も父親と接した時間が短い分、思い入れも少ないように見える。

だとしたら、何が私の判断を邪魔しているのか?

 それはきっと、社会における自分の商品価値に傷が付くことだ……。

 離婚すれば、両立できているという周囲のイメージ崩壊は免れない。

 

 離婚届の入った封筒を寝室の貴重品入れの中にしまい、鍵を掛けてリビングに向かうと、ソファに横たわった。

 何も起こっていない……今はただそう思いたい。

 どうしたって現実を良太に隠し続けることはできそうにない。

 本当にこれでいいのか不安になっている。

 明日からは私もお盆だ。今日は心身ともに疲れ切っているし、青山さんが作ってくれたご飯を食べて、もう寝よう。


 食事を終えて、ベッドに入り眠ろうとしても、なかなか寝付けない……。

 このままでは生活リズムが乱れる。でも、こんなにも災難が続くなんて。

 琴音も優香も幸せいっぱいそうなのにどうして私だけ……。

 当然、彼女たちにも彼女たちの苦悩はあるだろう。しかし自分のことで手一杯だと、そこまで思考を巡らす余裕を持てない。

 私と同じように父も仕事が好きというよりも、仕事をしていない自分には存在価値を見出せないくらい自己肯定感が低いから、仕事に逃げていただけなのかもしれない。

『好き』という言葉を借りた『逃げ』でしかない。

 好きなことを仕事にするのは間違いではないと思う。でも、だからと言って苦手なことや、不都合な真実から目を逸らして生き続けるのは違うと思う。

 できないなりに向き合い、少しずつでも変えていかなければ、次の世代でも負の連鎖は続いてしまい、断ち切れない。


 代表的な話でよく聞くのが、『離婚は遺伝する』だ。

 ふと、以前職場にきてくれたカウンセラーさんと話す機会があったときに、生い立ちについて相談したら、こう返されたことを思い出す。

「連鎖について考えられることは、離婚しやすいと言われる遺伝子を受け継いでしまっているか、結婚に向かない性格の親に育てられる影響を受けて、いつの間にか自分の思考も同じように染まってしまうことが大きな原因ですね」

 ああは言っていたけれど、要するに、人は遺伝子による先天的な影響と、成長過程における後天的影響の両方を受けて育つ。そういうことよね。

 結局、負の連鎖から抜け出せないのかな?


 離婚するにしても、今ではない。

 せめて良太の高校受験が終わってからじゃないと困る。

 できれば大学進学も見据えて、偏差値の高い高校に進学して欲しい。

 特別な才能に恵まれているわけでもない以上、学歴についての妥協は許されないと思っている。

 実際に私は学歴の恩恵に授かって、ここまで歩んできた。

 私という人間の才能からすればこれが最善の選択肢だったと思っているし、後悔はない。

 きっと良太も同じ側の人間。だから私には彼の人生にとって必要なことが、ある程度見えている。

 私としては彼の勉強の邪魔になる要素は排除したい。

 両親の離婚なんて聞いて、平然と勉強に集中できるわけないと思うから、今は言わない。

 

 すっかり頭が冴えてしまい、起き上がり部屋を出てキッチンへと向かう。

 ウォーターサーバーで水を注ぎ、テーブルまで運んで少しだけ飲む。

 青山さんの後釜を探すかどうかは後日考えることにして、今日はこれ以上頭を使ったら頭がパンクしそうだから、水を飲み干したら今度こそ寝よう。

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