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世代交代  作者: 砥左 じろう
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踏襲

 玄関のカギを開けて入ると、すぐに青山さんが目に飛び込む。

「お帰りなさい。加藤さん」

 普段とは違った重みを感じる声色でそう言った彼女を見て、これは私に伝えるには不都合な何かがあるんだなと察した。

「ただいま、いつもありがとうね」

 緊張を緩和させようと、いつもより穏やかな口調を意識して言った。

 一通り片付けを済ませると、

「大事なお話があります」

 私がテーブルの椅子に腰を落とすなり、青山さんはそう切り出した。

「ええ、どうぞ。」

 頷いて、向かいの椅子に手を差し出す。

 すると青山さんは気まずそうにしながらも会釈して座り、話し始める。

「私、妊娠しているんです」

「……」

 一瞬言葉が出なかったが、すぐに祝う。

「お、おめでとう‼」

「ありがとうございます。現在2カ月なんです」

「そう。良かったわね」

「はい。それで……今後のことなんですが……」

 本来なら慶事であるはずの懐妊を切り出しにくそうにしていた時点で、ここがお別れになるのだという覚悟を決めて、彼女を見据えた。

「今月をもって…家事代行サービスを辞めることに決めました。当然のご報告となってしまい、申し訳ありません」

「そう、今まで頑張ってくれてありがとうね。『お疲れ様』は最終日までとっておくわね。しばらくしたら復帰するとかの制度は利用しないの?」

「はい。夫と話し合った結果、家庭のことに専念することにしました。私はここで働かせていただくようになって、入社した当初とは比べ物にならないほど、スキルが磨かれました。今度はそのスキルを家族のために生かしたいなと思うようになりました」

 そう話す彼女の表情は先ほどと違い曇りがなく澄み切っていた。


 当然、私には彼女を止める権利などないので彼女の決断を尊重するしかなかった。

 こうなる日が訪れるとは想像していなかったので、返す言葉が見つからず気まずい沈黙が流れる。

 だけど良太も現在中学2年生だし、そんなに親の助けが必要な年齢でもないのは確かなのよね。

 けど、栄養面とかその他の日常生活におけるいわゆる嫁的な役割を担ってくれる人を失うのは大きな痛手であると、このときはっきりと思った。


 そして私がしてきたことは、結局忌み嫌った昭和の父親像の典型だった父と同じことなのだと気付かされる。私はどこかで青山さんを嫁のように認識していたのか……。

 父が母に離婚を切り出されたときにどんな風に感じていたのか初めて分かった気がする。


 それでも人一倍気を遣って生きている目の前の彼女を心配させたくないと思い、

「お身体を優先させてね」

 と言うと、彼女は少し寂しそうな表情を浮かべたが、覚悟を固めたように締まった表情をして宣言する。 

「ありがとうございます。残りの勤務はキチンとこなしますのでよろしくお願いします」

「こちらこそ。またいつか戻ってきたくなったら戻ってきていいからね」

「はい。ありがとうございます。それじゃあ今日は帰りますね」

「ええ。ありがとうね」

 玄関まで彼女を見送り扉を閉めると、そのまま扉に寄り掛かってガックリとした。

「大丈夫?」

 塾から帰っていた良太に訊かれる。全然大丈夫ではなかったが、

「なんとかするわ」

 と返した。

「新しい人雇うの?」

「まだ分からない。良太はどうしたい?」

「俺も分からない。けど、俺も最近は塾と野球部で忙しいし帰り遅いから、帰ってきても風呂とご飯だけ済まして寝るだけだし……」

「そう。すぐに決めなきゃいけないことでもないし、ゆっくり考えましょうか」

「うん。それとさ……」

「何?」

「……」

 続きを言わない良太に違和感を覚える。

「何なの?言いなさいよ」 

「塾帰りにポストを開けたらこれが入ってた」

 と言って手渡してきた私宛てになっている封筒を部屋へと持ち込み、ベッドに倒れ込むようにしてから、開けた……。

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