掛ける言葉
今年のフェニックスカップラストシーンとなった最後のバックホームは、世界的短文投稿アプリ『Twitter』の公式フェニックスカップアカウントから投稿されてすぐに、現在のトレンド1位になっている。
地上波でテレビ中継されていたこの試合の放送中に選手のデータを駆使して解説をしていたらしい。
その中で俺のあのバックホームの距離が75メートルで送球速度が148kmを記録し、しかも低くて矢のように伸びるノーバンだったため、この一連のシーンを投稿したのが世間の関心を集めた。
バスの中でスマホを起動して確認してみると確かにすごいことになっていた。
『これで14歳かよ‼』『一条司の息子、小6だったあの頃からまた一段と成長したんだな』『やっぱ天才だな‼』『He is very good at playing baseball‼』といったコメントがたくさん目に入ってくる。
「でも、セーフだったんだよ……」
と窓側の席でこぼす俺に颯馬が言う。
「75mからあれだけの送球をしたんだ。誰も昴を責めないし、みんな昴でダメなら仕方ないって思ってる。だからもっと胸張ってホテルに帰ろうぜ」
「そうだな。そうだよな。いつまでも湿っぽくなってちゃダメだよな。切り替えるわ。ありがとう」
颯馬からの激励で立ち直り少しずつ元気になれた気がした。
ホテルに戻ってきた俺たちは各自荷物をまとめたら広い一室に集合と言われた。
俺と守も部屋を綺麗すると鍵を掛けて集合場所へと向かう。
全員集まったか。なんと言うのが正解かはわからないが、この結果について労うことより、今の選手たちの感情に寄り添った言葉をかけるより、響く言葉をかけるのが監督としての役目だと選手たちの表情を見ていて悟った。
3年生たちが入団してきた頃のことを思えば、準優勝という結果は想像できるものではなかった。
本来こんなこと口にするべきではないが、この結果をもたらしたのは2年生たちの活躍があったからだ……。
だがこれからは別々の環境で野球をする。
3年生たちがメインの場でこんなことを口にするのは憚られると思うが敢えて口にした。
「俺の中では準優勝でも十分だと思っている。この世代は突出した能力を持った選手が少ない分、各々が自分のプレースタイルを理解し役割を果たすことでチームに貢献してくれることで勝ちを拾ってきた。けど…今日はどうだった?」
返事を待たずに大きく息を吸い込んで続ける。
「思ったような野球はできなかったよな?君たちはプロで活躍する選手になる為にうちに入団した。そこが目標である以上、楽しいだけで野球はできないし挫折は付きまとう。だから、今日の敗戦を『やっぱ、俺じゃ打てないとか抑えられない』とか思って胸にしまい込んで欲しくない。相手の凄さを讃えられるのは立派なことだ。でも俺はアスリートとして今後も戦っていく以上、美化することなく悔しい気持ちは悔しい記憶として残して欲しい。その気持ちが君たちの成長の養分になると俺は信じている。最後になるが俺との長い旅に付き合ってくれてありがとう。お疲れ様」
言い切ってホッとした俺は胸を撫で下ろしていた。
その様子を見ていた選手たちは緊張を解いた表情に戻る。
監督からの挨拶も終わり、各自家族の元へと向かう。
合流した俺が両親に感謝の言葉を述べると母さんが、
「惜しかったね、お疲れ様」
と言って抱き締めてくれた。
中2になっても変わらない労い方に恥ずかしい気持ちが生まれるが、どこか安心感があるのも確かだ。
愛情表現の仕方は変わらないのに今は抱き締められている俺の方が少しだけ背が高くなっていることに昔との差を感じる。
来年は今より高くなっていたし、無理のない笑顔で同じように労ってもらいたいなと思いながら母さんに包まれていた。
ひと段落すると俺たち一条家も帰る為、駐車場へと向かう。
隣を歩く姉さんが何か言いたげにしていて気になってしまう……。
すると右手を差し出して、
「渡しなさい、荷物」
と言ってきたので、きょとんとしてしまい言葉を失う。
不器用な姉さんが見せる必死の優しさ。
「あり…がとう。んじゃ、これをお願い」
右手に持っていた衣類の入った鞄を渡した。
受け取った姉さんは、
「重っ‼︎何これ?なんで3日分でこんなに重いのよ⁇」
「代えのアンダーとかあるし、こんなもんじゃない?きついなら俺1人で持てるから無理しないで」
「女子だからって舐めないでよ」
「いやいや、意地を張るようなことじゃないでしょ」
と言い返して笑い合っていると、
「元気になったね、遥に感謝しなさい」
と前を歩く母さんが口にした。
知らぬ間に口答えをするくらいの元気は取り戻している自分に気付く。
そうこうしている間に車の前に着き、荷物をトランクにしまうと2列目の座席のリクライニングを倒してくつろぎ始める。
俺が脚を伸ばしてくつろいでいる2列目では姉さんが英単語帳を眺めているし、俺が上半身を預けた3列目では務が夏バテに効くとラベルの貼られた飲料を飲んでいる。
フェニックスドームを出た車が真夏の強い日差しに晒されて我が家へと向かい始めるが、横になっていた俺は視線を真上に投げていたので日差しに負けて薄目になっていた。
そこに疲労感がドッと押し寄せて徐々に意識が薄くなる。
次に意識がはっきりしたのは自宅に着いたときだった……。




