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世代交代  作者: 砥左 じろう
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一縷(いちる)の望み

7回表だ。ここで追いつけなければ支倉シニアの負けが決まる。

保護者の俺たち家族にも緊張感が走っていたのか、気付けばいつもより口数が少なくなっていた。

「ねぇ、この回1人もランナーが出ないと昴まで回んないで負けちゃうね」

と、左隣りに座る遥が敗色濃厚なこの場面展開にも関わらず、冷静さを崩さずに言う。

「3番からだし、そうだな」

「期待できそうなのは4番の拓哉くんだけっぽいな。倭くんもタイミングが合っているようには見えない」

「ちょっと、そんなこと言わないでよ‼まだわからないじゃない。きっと昴まで回るわ」

と右隣の真緒が語気を強めて言い張ると、小突いてくる。

本音を口にすることは正解とは限らなかったりする…女性相手においては特に。


先頭の宗一郎はスプリットにハーフスイングを取られ、空振りの三振に倒れる。

惜しい。バットは止まりかけていたように見えたけど、体が突っ込んでしまっていた分、止めらてなかったか……。

「4番キャッチャー、能勢くん」

とコールされて向かう俺に、

「頼んだぞー」

「お願いします、キャプテン」

「期待してるぞ」

といったエールが送られてくる。

そりゃあ俺だって同点ホームランでもかっ飛ばしたいさ。

でも、現実的には失投でもない限り難しいってことはよくわかっている。

この場面で必要なことは何としても出塁して、後ろに繋ぐことだ。


初球、アウトコースへのカーブが決まる‼

意表を突かれてバットが出せなかった。

2球目、3球目とストレート勝負だったがインコースとアウトコースに外れボールとなった。

4球目のスプリットも見極めて1ストライク3ボールとなる。

打者有利のカウントではあるが、無理に手を出すのは止めよう。

5球目にきたカーブが高めに抜けたので、見送って四球を選んだ。

将輝は勝ちを意識してか疲労かは分からないが、乱れ始めている。

あとはトミーと昴で何とかしてくれることを願う。


「頼むぞ、トミー」

ネクストバッターズサークルに向かっている俺からのエールに、トミーは小さく頷いて打席に入る。

少し甘くきた2球目のスプリットを捉えた打球はグングン伸びて行ったが、予め深めに守っていたセンター沖田の守備範囲だった…。

明らかに浮いた球が増えてる。チャンスはありそうだけど、あとアウト1つだし、長谷川さんも集中し直して捻じ伏せにくるはずだ。

ここで俺がアウトになったらゲームセットか……。考えたくはないが脳裏を過ぎる。


打席に入る前のことだった。

歓声が沸きかけながらも静まり返ってしまったドーム内。そんな中でも、

「6番センター、一条くん」

とアナウンスされて打席に向かおうとする俺を監督が呼び戻す。

「スプリットとストレートの両方にしっかりと対応できているのは一条と能勢の2人だけだ。ここで追いつけないようだとこのまま負けだ。この場面で狙えそうな球種はなんだと思う?」

唐突な問いに一瞬戸惑った。でも、すぐに答えは浮かんだ。

俺は一言で自分の答えを伝えると、打席に入り足場を平す。

ストレートに食らいつき粘りを見せたがスプリットにやられた1打席目。

そのスプリットを見極めつつもストレートを完璧に捉えた2打席目。

それがあっての3打席目。どうする、俺?


初球、スプリットを見極めてボール。

初めて見たときは厄介だと思ったが、今はそれほどには感じない。

目が慣れてきたのもあるとは思うが、序盤に比べて制球力が落ちてきているし、落ち始めも速くなっているように感じる。

おそらくではあるが今の俺の反応を見て、キャッチャーもリードを変えてくると思う。

前の打席で完璧に捉えたストレートをストライクゾーンに集めてくるとは考えにくい。

とするとストレートは見せ球である可能性が高い。

それと左打者に対する横のスライダーの投球率は右打者に比べると極端に少ない。

さっき颯馬に対して投げていたが甘かったし、勝利目前の緊迫したこの場面で自身のない球種を投げるのには度胸が要る。

それに他にも使えそうな球種があるのにわざわざ選んでくる理由も見つからない。よって、横スラはない。


1対0で最終回、2アウト1塁でホームランが出れば逆転の状況、となればバッテリーは長打になるリスクの高い球種は避けたがる。

だから狙ってたのは……この縦スラ‼

低めに決まったいい縦スラだったが、俺は迷わずスイングし捉える。

打球はセカンド橋舘に向かって飛んで行き、捕ろうと必死にジャンプした彼の頭上を越えて行く‼︎太りすぎで跳躍力を失ったな。

「ヨッシャー‼」

ベンチから走っている俺の耳元までハッキリと聞こえてくるチームメイトたちの希望を乗せた歓喜の叫び声。


球足の速いライナーで右中間を深々と破った俺の打球をセンターの沖田とライトの杉山さんが全力で追っている。

俺が2塁を回った頃、センターの沖田が打球を捕って中継に入った橋舘に送球する。

1塁ランナーの拓哉さんはホームを狙って迷うことなく3塁ベースを蹴った。

橋舘はバックホームをしなかった。加速していた拓哉さんはすでに生還していたからだ。

そして俺も3塁を陥れる。

同点のタイムリースリーベースだ‼打っておきながら自分でもビックリしたが、山が当たって良かったぁぁああ‼︎興奮が治まらねえ。


今度は勝ち越しのチャンスとなったが、ここで世良はタイムを取りマウンドに監督と内野陣が全員集まって話し込んでいた。

どんな言葉をかけているんだろう?

タイムが終わると、開き直ったような表情をしていた長谷川さんが意地だったのか140㎞のストレートで藤田さんを空振りの三振に仕留め、勝ち越しとはならなかった。


衝撃的な一打を目撃したような気がしていた。俺を含め大勢のスカウトが観戦しているネット裏は今でもざわついている。

捉えたのは縦スラで、そんなに悪いボールだったようには見えなかった。

おそらく初めから縦スラに山を張っていたのだろう。狙い澄まして仕留めたような一打だった。

前の試合、旭山ドリームス戦で見せた豪快なホームランとは違う、状況に応じた最適な打撃。

以前の俺はバッターとしての一条昴はあまり考えずに、反応で打ち返していると思っていたが、しっかりとリードの仕方や状況を頭に入れて対応していたことに感心していた。

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