船本海
「この感じだと昴の出番もあるかもな」
「本当に?」
「あぁ。今の打者を打ち取るには零くんじゃ厳しいと思う。昴が通用するかどうかはわからないけど零くんとはタイプが違うし試してみる価値はあるんじゃないかなと」
「あれだけ一生懸命練習してきたんだし勝って欲しいわね」
「そうだね。だけどこの試合で支倉が敗れる可能性も十分あると思うよ」
「なんでそんな悲観的なこと言うのよ?」
「いや、悲観的なんじゃなくて客観的に見て相手の浜野シニアは強いよ。さすが全国シニア選手権で優勝しているチームだよ」
「えっ!そんなに強いチームなの?」
「そうだよ。北陸で1番強いチームだと言われているだけあって手強いよね」
特に3番ショートの船本くんは格が違うな。こういう子が将来プロで活躍するんだろうな。
試合は4回表まで進んでいた。
1アウトから4番の拓哉くんが左中間にツーベースを放ち、チャンスを作ると5番の倭くんが低めのカーブをうまく拾ってセンター前に弾き返した。
そして打順は昴に回ってきた。
この場面、最低でも犠牲フライが求められているなと思った俺は追い込まれるまでは低めの際どい球を棄てようと決めていた。
そう思ってはいても手を出しそうになってしまう……。改めてすごいピッチャーだ。
そして1ストライク1ボールからの3球目の少し高く浮いたスライダーを強く叩くと打球はレフト後方を襲う大飛球となった。
だがレフトの足は止まり捕球体制に入った。
前の打席同様に徹底的に低めを攻められた後だったので、打ち損なった感はあった。
それでも犠牲フライになるには十分で拓哉さんはホームを踏んだ。
1点を返して、これで1対2と1点差まで詰め寄った。まだまだ諦めてたまるか。
4回の裏、船本さんとの2度目の対決が訪れた。
零さんは初球からインコースの厳しいところを徹底的に攻めていたが粘られ、結局6球目のインローを完璧に捉えられてサードの頭上を越える鋭いライナーがレフト線へと飛んで行く。
船本さんは悠々と2塁まで進んだ。その様子をセンターから眺めていた俺と目が合った。
全くもって面識はなかったが無視するなんて無礼なことはできず、軽く会釈をした。
外を攻めても、内を攻めてもダメ……。
『化け物だな』それがセンターから見ていた俺の率直な感想だった。
背が高い打者にありがちなインコースのボールに対する窮屈そうな反応がない。
それどころか器用に左腕を抜きながらもヘッドを残して捉えるから、痛烈な打球がファールにならずにフェアグラウンドを襲う‼
1打席目は圧倒的な力を見せつけ、2打席目では中学生離れした技術を披露した『船本海』さんは、明らかに他の打者とは次元が違う……。
俺に登板機会が回ってきたところでこんな化け物を抑えられるのだろうか?
1点ビハインドで0アウト2塁というピンチだが、零さんは落ち着いていた。
5番の石野をカーブで引っ掛けさせてサードゴロに打ち取ると、6番の近藤さんには外へのスライダーを振らせて三振を奪う。
7番の椎名さんに対してはインコースいっぱいのストレートで見逃しの三振を奪ってこのピンチを切り抜けた。
零さんは2点を失ってはいるが、船本さん以外の打者は寄せ付けない投球でゲームメイクをしている。
この回のピンチは凌いだが、結局6回には再び船本さんに打順が回る。
これ以上の失点は許されないし、俺か弘さんへの継投になる可能性が高いな。
打線はテンポよく投げている田中さんの前に3者凡退に終わり、再び守備に向かおうとしたとき、監督に呼び止められた。
「昴、次の回から行くから準備しておけ」
「はい」
こうなるんだろうなとは思っていたので、やっとキタかと思った。
おそらく零さんもこの回での降板を告げられていたのだろう。残りの体力全てを使い切るかのような気迫溢れる投球で3人を打ち取りベンチに戻って行った。
支倉シニアのエースナンバーを背負ってチームを引っ張ってきた零さんの背中を何度も見てきた俺は、この試合が最後になってしまうかもしれないという緊張感を抱えながら投げていたんだなと、その後ろ姿から感じた。
表面的には冷静な人だけど、心の中は熱い。
俺たちはまだ終われない。
ベンチに戻ってきたみんなの表情からそんな想いが伝わってきた。
だが思いだけでどうにかなる相手ではなく、結局四球で出塁した拓哉さんをファーストに残したまま攻撃は終わった。
そして3塁ベンチ側の横で守を相手に投球練習をしていた俺は、『船本海』という天才を抑えて最終回の攻撃に望みを繋ぐんだと決心しマウンドへ向かった。




