食堂にて
仕事中にも関わらず、昴のことでどこか浮ついている自分がいた。
いよいよ明日か……。
そんなことが幾度となく思考に入り込んできたが、責任ある社会人として仕事を疎かにするわけにはいかず、キチンとこなしてお昼休憩を取っていた。
食堂に置いてある全社員共用のスポーツ新聞を手に取って見ていた。
一面の方はプロ野球のトピックが大半を占めていたが、4ページ目以降は高校野球が占めていた。
「あぁ~、そうか。もうそんな時期か……」
とボヤいていると、
「ご一緒させていただいても宜しいでしょうか?」
と高めの声で確認を取ってきたのは、川澄さんだった。
「いいよ。何もそんな畏まらなくたっていいのに」
と言う俺に、
「いえいえ。やっぱり国民的アイドル選手と御一緒に昼食を取るって緊張しますよ」
「ここでは同じ社員だし、それにもう23年も前のことだから……」
「確かにそうですね」
と言って悪そうな笑みを浮かべる川澄さん。
だけど続けて、
「司さんが18歳のとき、私は3歳だったわけじゃないですか。その数年後に小学生になったとき、下級生に『司』って名前の男子が多かったんですよ」
そんなような話は聞いたことがあった。
「それだけ一条さんの影響力が大きかったってわけです。私の少し下の世代の男子の名前ランキング1位は『司でしたからね』。それだけすごい選手だったってことですよね」
としみじみと言う様子を見て初めて、この世代ぐらいの子にまで影響力があったのかと思い知る。
話が落ち着いたところで、俺は妻お手製の愛妻弁当と、社内にあるコンビニで購入した大きめのフルーツゼリーを取り出した。
その様子を見て不思議そうな顔をした川澄さんからこう問われる。
「お弁当だけじゃ足りないんですか?」
真緒は俺にもフルーツも渡すつもりだったようなのだが、遥のお弁当を作っているうちに足りなくなってしまったらしい。
という経緯からコンビニで購入した。
「最近暑いでしょ?夏バテを防ぐためにもビタミンが欲しくてさ。ビタミンCだっけ?あれも含まれているって妻に言われて買ったんだ」
「やっぱりアスリートの子育てをされているだけあって栄養バランスについて詳しいんですね」
「うーん、なのかなぁ。妻自身もバレーボールの選手だったし、健康面に関する意識は人並み以上に高いとは思うかな」
フムフムといった様子で頷いている。
俺は蓋を剥がそうとするが、思うように剥がれなくて苦戦する……なんだこれ?
それを見て先ほどの真剣な表情から一変してケラケラと笑い出す川澄さん。
「一条さんって……もしかして意外と不器用ですか?」
「そんなことは……ってまだ剥がれない。どうなってんだ?」
「貸してもらえますか?」
と言われ、剥がせずに困っていた俺は大人しく渡した。
すると川澄さんはテーブルに置いてあるティッシュ箱から1枚引き抜いて、ビラビラと伸びている端にティッシュを被せると、勢いよく剥がして見せた。
「す、すごい‼ありがとう」
熟練した技を見せつけられたかのようだった。
驚いている俺に、
「どういたしまして」
とドヤ顔で言って返してきた。
「どこでこんな技を覚えたの?」
気になって、小学生のような興奮した口調で訊いてしまった俺に、
「そんなのネットですよ」
とおどけた顔をして告げられた。
「そ、そうか。便利な時代になったもんだね」
「はい。一条さんはSNSとか使ってないんですか?」
「してないね。よくわからないし、多分登録しても使う機会がないと思う」
「そうですか。子育てで忙しそうですもんね」
「うん。今はね。でも、先のことはわからないかな」
俺がビタミンC満点のフルーツゼリーを食べ終えた頃には、
「お化粧直してくるので、先に戻りますね」
と言っていた川澄さんはすでに食堂を後にしていた。
いよいよ明日か……。
去年は初戦で負けているからなぁ。今年は勝って欲しいな。
そんなことを思いながら自分の部署に戻ると、思考を切り替えて午後の仕事を始めた。




