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世代交代  作者: 砥左 じろう
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我が家はいいな

懐かしい記憶に思い浸りながら電車で揺られること8分で最寄り駅の越智駅に着いた。

この程度の距離なら自転車で通勤してもいいよなと思ったりする。

越智駅には『祝‼支倉シニアフェニックスカップ本選出場』と書かれ吊る下げられた幕があった。

チーム名は地名から採用されることが多いので、越智シニアになるのが一般的なのだが、支倉シニアの場合は特殊で、元プロ野球連盟会長の支倉俊夫さんによって創部されたので、『支倉シニア』と命名された。

故に越智シニアではないのだ。

引っ越してきて2年目なので、毎年こんな風に祝われているのかどうかはわからないが、去年もあったなと思い出した。


俺も転職するときはかなり迷いがあった。でも今の暮らしに後悔はなく、充実した日々を送れていることを思えば最高の決断を下したと言える気がする。あくまで現時点でだけど。


山下先輩のことが気になるけど、今すぐに決められるようなことじゃないし、それに遥の合宿と昴の大会があったりするので、一旦脇に置いて大事な家族のことに集中しよう。

先輩のことは少し落ち着く夏休み明けにでも訊けばいいか。


我が家へと向かう帰路にはたくさんの街灯があって安心感に包まれる。

ほどなくして家に着くと……黙々とバットを振り込む2人の姿があった。

試合を終えたばかりの昴と、越智リトルに負けて全国大会出場の可能性が消えてしまい落ち込んでいた務だ。

2人ともいい面構えをしている。

邪魔しちゃ悪いと思い、そーっと玄関のカギを開けて中に入った。


「ただいま」

いつもよりトーンを落としてそう言った。

真緒は夕飯を作っているようで、出てこない。

代わりに遥がやってきて、

「おかえり。お疲れ様。疲れているところ悪いんだけど、これにサイン書いてくれない?私、外走ってきたばかりだからすぐにお風呂入りたいんだ。お願いね」

とハキハキとした声で言うと、俺の返事を聞くことなく、そそくさと洗面所に行ってしまった。


昔からこういうサインを求められることは多々あった。

それは高校生の頃からずーっと。

妻との交際時には妻の友達や家族、親戚、バレーボール部の恩師の方々などから。

結婚して子供たちが生まれてからは幼稚園の先生や保護者たちから。

成長するにつれて今度は先生と保護者だけじゃなく、子供の同級生、習い事の関係者や、部活動の監督さんからも頼まれるようになった。


傍から見ればこんな面倒な頼み、断ればいいのにと思うかもしれないが、そうしないのにはちゃんとした俺なりの理由がある。

明らかに俺の家族ってだけでみんなどこに行っても話題の的にされる。

いい意味でも悪い意味でも……。

それは一条司の妻だったり、一条司の娘、息子だったり……。

そういった話題と日々向き合って生きている家族への、俺なりのせめてもの誠意のつもりなのだ。

だからなるべく応えるようにしている。


渡された硬式球をポケットに閉まって手を洗いに洗面所に行こうと思ったのだが、遥が入浴しているんだったなと思い出して、2階に上がり済ませてきた。


下に降りてくるとまだリビングには誰もおらず、キッチンで真緒が料理をしている最中だった。

「ただいま」

「あっ、おかえり~。早かったじゃない‼」

帰りが少し遅くなると思ったので、山下先輩と軽く話してから帰ると電話を入れてから帰宅した。だから真緒は特に驚いてはいなかった。

「うん。思ったより早く終わった」

その返しに少し不安そうな表情を見せる。

「ホントに平気なの?山下さんって司にとって大切な人じゃなかったっけ?」

真緒は結婚式のときに山下先輩と会ったことがある以外で面識がなかったので、俺にとって大学時代の恩人であるぐらいのことしか知らない。


「そうだけど、今回の話は俺がどうこうできるのじゃなかったからただ聞いて少し感想を言っただけだよ」

「それってどんなだったの?」

と慣れた手つきでフライパンを回しながら興味深そうに訊いてくる。

不注意でケガをしてしまわないか心配だ。

「今料理中でしょ!あとで話すよ」

と短く返すと、唇を尖らせながらも頷いた。現在41歳だけど、間違いなく可愛い。

普段はしっかり者の良きお母さんだけど、こうして2人きりのときには可愛い姿を見せてくれる。

俺はこの瞬間がたまらなく好きだ。いや、もちろんしっかり者ムードのときも好きなんだけどね。

「ご飯までまだ時間あるから、外にいる昴と務のことを見ててくれる?」

「わかった。お風呂は食後でいいのね?」

「ごめん。そうしてくれると助かる。今、遥が入っているから」

「知ってるよ。ご飯の準備が始められそうになったら教えて」

「はーい」


リビングから庭に出られる扉を開けて縁側に立つと、2人ともすぐに俺の存在に気づいたようで笑顔を見せてくれた。

「おかえり」

先に言ったのは次男の務だった。

それに続くように昴も言ってくれた。

務は晴れた表情をしてバットを振っているのに対し、昴はどこか浮かない様子だ。

「どうしたぁ、昴?」

試合には勝ったはずなのに、どうしたのだろう?


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