歓喜の中で
みんなが安打で繋いだチャンスを無駄にはできない。
ここで打てば最終回、昴も少しは楽に投げられるだろう。
焦らずに冷静にボールを見極める。カウントは0ストライク2ボールだ。明らかに球威も制球も落ちている。
満塁だしこれ以上カウントを悪くしたくないはず。
とか考えていたらキタ、これを仕留める。
「キィーン‼」
球場に子気味良い金属音が鳴り響く。打球の行方は?
手応えはあったが、まさか公式戦初安打が満塁ホームランになるなんて、チームメイトも家族も思っていなかっただろうな……。
そりゃあそうか。だって俺自身が1番驚いているんだから‼
あまり人気のないレフトスタンドに打球が着弾したことが信じられず、ホームランとコールされているのにベースを回りながら何度もレフトスタンドを見てしまう。
嬉しい。それ以外の感情は沸いてこない。1年生の頃から打撃に課題があると言われ続けてきて悔しかったし苦しかったが、その評価を覆すために地道に努力してきた甲斐があった。
ホームインしてベンチの前まで戻ってくると、笑顔のチームメイトたちに囲まれた。
その中でも日頃から特に仲の良い昴と颯馬に揉みくちゃにされた瞬間は小学生の頃に初めて2人と出逢って出場し、優勝したあの大会のときに味わった喜びにも負けないほど嬉しかった。
これで7対0だ。大勢は決したと言っても良いと思う。
ブルペンで肩を作っていた零さんからこう言われた。
「ナイスホームラン。努力が報われる瞬間は最高だよな。最終回俺が昴の代わりに投げるからリード宜しくな。頼りにしてるからさ」
そんなことを言われ嬉しすぎて浮かれそうになったが、冷静さを取り戻し用具を付けた。
丁度チェンジになり、グラウンドへと向かう。
零さんのボールを公式戦で受けたことなんてないし緊張したが、意気に感じている自分もいて心が沸き立っていた。
零さんのストレートには昴ほどの球威はないが、その分ボール1個分の細かい出し入れを調整できる能力がある。
変化球も曲がり幅を自由自在に操るといった技術面での高さが光り、半田ボーイズの主軸打者たちを翻弄する形で試合を締め括った。
スタンドで試合を見守っていた私と守くんのお母さん、弓子さんは勝利が決まると立ち上がって選手たちに向けて大きな拍手を送っていた。
勝ってくれるだろうと思って観戦していたが、初回の昴の投球を観ているときから不安でいっぱいだった。でも勝って良かった。本当に良かった。
試合前にはこの間昴がお世話になった縁もあって弓子さんにしっかりと感謝の言葉を伝えた。
弓子さんは守くんのプレーに釘付けになっていて、無失点に抑えてベンチへ戻るたびに大きな息を吐いているのが印象的だった。
でもそんな弓子さんの不安はただの杞憂で済み、おまけに守くんは勝利を決定的なものにする満塁ホームランを放つなどの大活躍でチームを引っ張っていた。
こういう光景を目の当たりにすると、昴が頼りになるチームメイトたちに恵まれてプレーできていることは本当に幸せなことなのだなと思う。
だけどまだ私たち保護者は安心できない。なぜならこの後、午後3時から2回戦が行われる。
その試合で戦う相手が今から始まる第2試合で決まる。
昨日の夜、「どっちと対戦したい?」って訊いたら、
「どっちでもいいよ。俺が投げるわけではないからあんまり気にしてない」
と素っ気なく返された。
試合を終えた支倉の選手たちが入口に出てきた。
その中にいる昴はずいぶんと汗を掻いていた。
「お疲れ様。大丈夫?」
昴はタオルで汗を拭っていたが、明らかに苦しそうだった……。
「うん。平気。ちょっと暑さが厳しくてね。でも投げてる最中に水分を摂りすぎると身体が動かなくなるから控えてたんだ」
「そう。ちゃんと飲みなさいよ?」
私は念を押す。
「わかったけど、父さんは?」
「仕事よ。今日平日だもの。来週からはお盆シーズンだから休みだけどね」
「じゃあ本選は観に来れないの?」
「ううん。フェニックスドームで行われる3回戦からは有給使って行くって」
「そうなんだ。まあ次も勝つから心配は要らないよ」
と親指を立てて私に見せつける。
「御飯足りる?」
と訊くと、昴はお弁当を開けて中身を確認する。
「足りる、足りる。ありがとう」
「良かった~。帰ったらたくさん食べようね」
「食えたらね。姉さんと努は?」
「遥が家で努に勉強を教えてるわ。遥の部活も今日は休みだし努のリトルもしばらく休みなんだって」
そういや、昨日そんなことをあいつ言ってたなと思い出して相槌を打つ。
「ご飯どこで食べるの?」
「このあと、次の対戦相手の試合が行われるから球場で食べるよ」
「そう、じゃあ私は守くんのお母さんと観てるから、次の試合も頑張るのよ」
と言って右拳にグッと力を込めると俺に向けて突き出した。
「野手としての出場になると思うけど精一杯やるよ」
「期待してるからね~」
と飛び切りの明るい表情でエールを送ってくれた。
母さんの明るさに励まされて、ホッとした俺はチームメイトと合流して1塁側の観客席へと向かった。




