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世代交代  作者: 砥左 じろう
3/92

支倉シニア

 誰かが使用した形跡もない綺麗なマウンドに立っていたのは小田嶋先輩だった。

 球速は130km前半くらいだが制球力と変化球の精度に秀でているうちのエースだ。

 センターの守備位置から見ているとその凄さがハッキリとわかる。

 4番キャッチャーでキャプテンの能勢拓哉さんと並んでU15の候補にも選ばれているほどの実力者だ。

 因みに俺も候補に挙がっているらしい。まだ2年なのになんでだよ…。

 小田嶋さんが簡単に3人で片付けるとベンチに戻った。


 うちの攻撃は1番ショートの畑下颯馬だ。彼とは小学生の頃からのチームメイトなので、幼馴染と言っていい存在だ。

 野球ではチームメイトであり、学校ではクラスメイトでもあるため気持ち悪いほど多くの時間を共にしている。

 その彼がヘルメットを被り打席へと向かった。

 俺がトミーと相手投手のデータを見ていると強烈な打球音が聞こえボールが左中間を抜けて行き、センターがショートに返球した時にはすでに彼は三塁に滑り込んでいた。

 2番セカンドの本多信介さんは相手がストライクを取りにきた甘い所をキッチリと外野に運んで犠牲フライにしてくれた。

鮮やかな攻撃で先制した。

 3番ファーストの板谷宗一郎さんはセカンドゴロに倒れたが当たりは良かった。

 続く4番の拓哉さんはカウントが悪くなった所で歩かされた。トミーと勝負しても怖いバッターであることに変わりはないと思うんだけどな……。


 5番レフトのトミーこと富岡倭。

 彼も同世代だ。実力的には4番でもおかしくないだけの打力を持った選手であり、将来は日本の4番打者になって日本一になり、メジャーでもホームラン王を獲りたいと豪語するだけのビッグマウスの持ち主でもある。

 だが実際にそうなれるだけの可能性を秘めている気はする。それほどの選手なのだ。

 トミーの捉えた低い打球はサードのグラブを弾き飛ばすほど痛烈な打球となり、結果は内野安打。2アウト1・2塁で俺に回ってきた。

「6番センター、一条君」

 とアナウンスされ、左バッターボックスへと向かった。


「あれが一条司の息子だってさ」という声がバックネット裏周辺から聞こえてきた。

 こういう状況に遭遇すると司がすごい選手だったのだと実感する。

 横に座っていた息子が、

「今の打球すごかったね。宏平が捕れない速さの打球なんて見たことないよ」

 とボヤいた。

「そうね。ねぇ、球場中が一条君って子に沸いているけどそんなに有名な存在なの?」

 彼が有名なのは知っていたけど、知らないふりをしてそう聞いた。

「そりゃそうだよ。俺たちの世代でNo. 1選手だよ。中2ながらU15の候補にも挙がってるらしいし、雲の上の存在だよ」

 雲の上の存在かぁ……。

 私は今、職場の関係性では一条昴のお父さんより上の立場にいる。

 けどそれは今現在の話で、そう遠くない時期に一条昴はうちの子たちの世代を代表する存在になる。

 競っていたつもりはなかったのだが、私の世代では司より社会的な立場で勝っていたはずなのに、子供の世代で追い抜かれるのだと大歓声を一身に浴びたその少年を見て自覚した。


 初球。アウトコースのボール球を見送った。

 立ち上がりで制球に苦しんでいるうちになるべく多く点を取りたい。

 甘く来たら積極的に打とう。

 なんて考えてたらキタ‼これだ。

 綺麗なスイングから振り抜かれた打球は、あまり人気のないライトスタンドの芝生へと消えて行った。ホームランだ。

 別に俺はホームランバッターではないけど素直に嬉しい。

 確かな手応えを感じたままホームベースを踏んでベンチへ戻ると、

「ナイスバッティングだ」

 監督に言われてこくりと頷きベンチに下がると他の選手たちが笑顔で迎えてくれた。

 近づいてきた颯馬に褒められた。

「さすがだな昴」

「失投だったし当然さ」

「この試合はコールドになりそうだな」

「あぁ」

 彼の予言通りこの後の猛攻でそれは現実となった。

 終わってみれば14対0の4回コールド。力の差は歴然だった。

 2回以降、拓哉さんとトミーにもホームランが飛び出すなど順調に追加点を重ねての勝利だった。

 理想的な試合運びだったと言っていいと思う。


 試合に敗れた宏平君に母親が近づいてきて「お疲れ様」と声を掛けた。

 彼は下唇を噛みながら「何もできなかった」と言って項垂れてしまった。

 それほどの差があったのだと思い知り、私は複雑な気分になった。

 それを見ていて、何で私は司を振ってしまったのかと今更ながらに悔いた。


 スタジアムの外では選手の保護者が待ち構えていた。

 その中に元実業団バレー選手だった背の高い母さんを見つけた。弟の務もいた。だけど父さんはいなかった…。

 だがまずは観に来てくれたことへの感謝を述べるのが先なので、そのことへの疑問は一旦飲み込んだ。

「観に来てくれてたんだ。ありがと」

「うん。お疲れ様!」

「ナイスバッティングだったでしょ?」

 私はこくりと頷き、白い歯を見せ笑う息子の表情が年々夫に似てきたなと思ってドキッとした。

「すごいホームランだったね」

「ありがと。だけど今日の相手じゃ自慢にならないよ。俺達全国制覇目指してるからさ」

「これからも頑張ろうね」

「うん。父さんは?」

「ああ、さっきまで一緒に観てたんだけど仕事に向かったわ。高校野球雑誌の取材が入ってるんだって。だから先に帰って休みましょう」

「わかった」

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