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世代交代  作者: 砥左 じろう
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監督の苦悩 Part2

そんな残酷な世間の格差を味わう計6年を過ごし、少しずつまたプロの世界に戻りたいという未練が再燃してきた頃、プロ野球連盟機構からある連絡をもらった。

それが引退してから停滞していた俺の人生を激変させた。

そう、支倉シニアの発足だ。

次世代を担うプロ野球選手を輩出するための中学生硬式野球チームを創り、そこに才能と高い志、加えて家庭のサポート環境が整っている選手を集めるというものだった。

この手の話はオリンピック選手の養成とかで聞くことがあったので、遂にそれが野球にまで及ぶ時代になったのかぐらいにしか捉えていなかった。

この話を聞いて、才能と高い志を持った選手はたくさんいるんだろうなと思ったが、家庭のサポートというのが具体的にどの程度のレベルのことを言っているのかわからなかったため確認のつもりで訊いてみた。

返ってきた答えはこうだった。

『怪我をしにくい身体作り、すなわち多くの骨量を獲得できる環境を用意することに加え、家庭不和などの問題で心身共に不調をきたす恐れがない家庭だ』

自分が少年野球の指導者として活動していた期間に覚えた懸念と概ね同じだったので安心した。

自分としても一貫した意志を持つ選手たちで構成されたチームなら、指導に本腰を入れても以前のようなクレームの嵐に見舞われる恐れもないからだ。


筋肉は大人になってからもつけられるが、最大骨量は20歳前後と言われているので、それを過ぎてしまうと補えないと本で読んだことがある。

プロの世界で筋トレばかりして怪我をする選手を何人も見てきたが、おそらく筋肉量に対して骨が耐えられなくなってしまっているがために起こっていたのだろうと漠然とながら思っていた。だから共感した。

そして骨量と同じくらい問題なのが、家庭不和だ。

家庭不和の中で育てば、選手は親の事情に振り回され落ち着いた気持ちでプレーに集中できなかったり、ストレスで成長ホルモンの分泌が抑制されてしまったりする恐れがある。

こういった要素を抱えた選手を預かると、こちらとしても指導に集中できなかったりするし超一流と言われる選手を育てることが難しくなると過去の経験から学んでいたので、差別だとか時代錯誤だとかって非難されることは目に見えていたが、予め入団条件に盛り込む形で公表した。


そしてこの入団条件は案の定炎上の的にされた……。今から14年前の話である。

予想はしていたので、あまり驚かなかった。覚悟も決まっていた。

マイナスからスタートした支倉シニアだったが、意外にも選手たちはちゃんと集まった。

それなりに粒ぞろいだなという実感もあり、これなら世間の批判を覆せるぞと燃え立つ自分がいた。

もちろん全員が1年生だったため初めから順風満帆だったわけではないが、自分の中で予想していたよりも早く結果はついてきた。

なんと……創部4年目で全国シニア選手権とフェニックスカップの同時優勝を達成したのだ。

この年の選手数は40人だったが、同時優勝とSNSサイトの普及による効果は凄まじく、翌年の申し込み数は40人という破格の人数だった……。

新2、3年生28人にプラス40人全員受け入れたら、合計68人になってしまう……。手に負えないな……せっかく優勝して世間の批判を覆したばかりでホッとしたいところにまた反感を買うことになるかもしれないけど、選手数に上限を設けよう。

自分の中で一通りシュミレーションしてみて、1学年15人が限度だなと判断した。

自分の考えを連盟の方たちや保護者の方たち、そして選手たちに伝えると、すんなりと理解してもらえた。

だがあくまで理解してもらえたのは身内だけなので、公表したら今回も炎上するんだろうなと思いネットを開くと今回はそんなことはなかった。

寧ろ、本当に責任感のある人は例え自分が嫌われるかもしれなくても断るだろとか、この人の対応には真摯さを感じるといったコメントがいくつもありなんだか泣きたくなってしまった。

なぜ、今回は炎上しなかったのか……その理由が気になり調べていると、保護者の方たちから温かい援護の声がネット上に溢れていたからだった。このことを知ったときは泣かずにはいられなかった。


だが、問題はこれで終わりではなかった。

今度は押しも押されもせぬ名門支倉シニアの厳しい入団枠を賭けての有望小学生たちによる争いが起こり始めた。

これは当時ネットで『支倉の乱』と呼ばれ、その後今に至るまでずっと定着してしまっている。

『支倉の乱』と呼ばれてはいるが実態としてはセレクションだ。

ちなみにこの時期からスカウト業が始まり、主に東京と神奈川の有望選手を本格的に集め始めた。

こうして今に通ずる支倉シニアの礎はほぼ5年間で築かれた。

これら一連の出来事が『支倉の乱』と呼ばれていると選手たちから聞いたときは笑ってしまった。

因みに現在ではあまりスカウトはしていない。しなくても選手側から入ってくることが増えたからだ。

平均でスカウト枠から10名、セレクション枠から10名といった感じだ。


苦難の日々を乗り越えて支倉シニアは常勝軍団になると同時にプロ野球選手養成所としての役割も果たすチームとなった。

今はもうプロの世界への未練はない。きっと名門支倉シニアの監督としての自分に自信を持てるようになったからなのだと思う。

今年で54歳なので引退してもう18年経つのか……時の流れは速いものだな。

今年こそは3年ぶり5度目のフェニックスカップ優勝を達成したいなとベランダから花火を見て思う。

抽選の結果は特別悪くなかった。ただ、3回戦で今年の全国シニア選手権優勝の浜野シニアと当たることになったのは多少誤算だ……。

1回戦の半田ボーイズは愛知県にあるチームで毎年というわけではないが、そこそこ全国大会で名前を見るチームだ。

今年は打撃力に定評があるという。

しかし1回戦のことだけを考えていてはいけない。ダブルヘッダーだから午後には2回戦がある。

監督として最も頭を悩ませるのが投手起用だ。

だがこれはどこのチームにも共通の問題で、条件は同じだ。

結局のところ、誰をどこで投げさせるかが重要なのである。

一応1回戦のマウンドは一条に託そうと思っている。


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