一条家
「ただいま~」
「おかえり。司」
「いつもありがとね。真緒」
「司もね。少し休んだら昴の投球見てあげてくれる?」
「任せといて。少し休みなよ」
そんな両親のやり取りが庭まで聞こえてきた。
ほどなくして父さんが庭に現れた。
「父さんお疲れ様。夕飯まで付き合ってくれるんだよね?」
「はいよ」
既に体の温まっていた俺は父さんのウォーミングアップに付き合い終えると座ってもらった。
「最初はフォーシームからいくよ」
「さぁこい」
ビューという音と共にミットに収まったそのボールを受けた父さんの顔から笑みが零れた。
そしてこう言われた。
「ナイスボールだ。中学生じゃ厳しいだろうな」
褒められて嬉しい反面、暗にまだ高校生相手には厳しいぞと指摘されている気がした。
その後は変化球を織り交ぜたりしながら数十球投げて終わった。
夕飯が出来るまでの間、縁側に腰掛けながら訊いた。
「明日の試合、投げるかわかんないけど観に来てくれるんだよね?」
「そのつもりだよ」
「明日の相手はあんまり強くない三角シニアだから多分センターでの出場になると思う」
「そうなのか?投手は誰がやるの?」
「エースの小田嶋先輩だと思う」
「どんな投手なんだっけ?」
「球速はそこそこだけど制球力が良くて変化球も多彩。けど何より優れているのがフィールディングかな。総合的に見ると完成度は高いと思う。あと決め球はスライダーだね」
「なるほど。相手の投手はどうなんだ?」
「昨日チームで映像を見たけどうちの打線なら手を焼くような投手ではないと思う」
「そうか。でも気は抜くなよ」
「うん。わかってるよ」
夕飯まで素振りを見てもらって終わった。
迎えた翌日、俺は一足先に球場について準備運動を始めた。
するとチームメイトでショートの颯馬が近づいてきた。
陽気な颯馬に、
「今日はセンターでの出場だってさ」
と告げられた。
「だと思った」
「今日の相手なら楽勝そうだな」
「多分な」
そして全員集まると練習が始まった。
「えぇ~、私も行くの?」
「そうだよ。宏平に観に来てほしいって頼まれてたしさ」
「そもそも宏平君出てるの?」
「何言ってるのさ?あいつ4番だよ」
「あら‼すごいじゃない!」
「だから呼ばれてるんだよ。にしても支倉シニアの練習はすごいね。俺たちとは次元が違う。さすがは去年の全国ベスト8だね」
「そんなに強いの?」
「当たり前でしょ。去年の主力メンバーに加えて今年は一条をはじめとして畑下とか富岡とか能力の高い下級生のレギュラーも多いし全国制覇も夢じゃないよ」
えっ!?一条ってまさか司の……と思って動揺してしまったが、何とか冷静さを取り戻して話に戻った。
「あんた、宏平君の応援しに来たんじゃないの?」
「そうだけど、あいつ昨日の学校で話した時点で『ダメっぽいけど頑張るわ』って言ってたしある程度負ける覚悟は出来てるでしょ」
「何の覚悟なのよ、それ」
と言ってコンビニで買ったペットボトルに口を付けた。
でも、この試合に司の息子が出るのなら彼は観に来ているのかもしれない。そう思って周囲を見渡した。
老眼の影響もあって随分と悪くなった視力で見つけるのは難しいかと思ったが、その姿をバッチリと確認できた。
けど、その隣に見知らぬ女性と小学生ぐらいの男の子がいるのが見えた……。
もしかして司の奥さんとその子供~?
間違いなくそうだなと思った。遠目から見ても奥さんが美人でスタイルが良いのがわかる……。
そして試合が始まった。