私の立場
今日、私は職場で部下たちにある報告をしなければならなかった。
それは夏休み中に行われるファミリーデーだ。今年で5年目になる。
去年はそこそこ参加者も集まったのだが、その中に司の家族はいなかった。
そしておそらく今年も来ない。
理由も去年と同じで昴くんの野球だろう。
この時期にフェニックスカップという中学生硬式野球の最高峰が開催されているからだ。
現在その予選が行われている最中だが、きっとファミリーデーが開催される当日まで勝ち上がってくると思う。だから来ない。
頭の中ではそうわかっていても職場では司の上司にあたるので声を掛けないといけない。
まぁでも普通の親なら息子の晴れ舞台を優先するか。
自分のデスク周りを綺麗していたら部下の川澄さんが現れたので都合がいいと思いこちらに呼んだ。
「部長、どうかしましたか?」
「来週のファミリーデーのことなんだけどね……」
「あぁ……すいません。すでに彼氏と旅行の予定が入っているので参加できません」
「そ、そう。なら仕方ないわね。楽しんできてね」
と私は頬を引きつらせながら言った。
そんな私に対して、
「はい。ありがとうございます」
と飛び切りの笑顔で返してくれた川澄さんは幸せいっぱいそうだった。
「部長は参加するんですか?」
「私は……」
自分の部署の中では最高の役職を手にしているのに参加しないのは部下やその家族に対して示しがつかないので、参加するのは必至だ。でもすんなりと答えられなかった。
そんな私の心情を見透かしてか、川澄さんは質問をしてきた。
「何かあったんですか?もしかして部長も不参加とか?」
「ないわよ。大丈夫。もちろん参加するわ」
私は出来る限りの平静を装ってそう答えた。
「一条さんも来られないんですよねぇ。残念だなぁ」
「どうなんでしょうね。まだ聞いてないからわからないわ」
「でもきっと来られないですよ。だって支倉シニアって関東では一番強いチームなんですから、当日まで勝ち残っていると思います」
「だとしたら厳しそうね。でも一応聞いてみるわ」
「そうですね」
仕事を終え目を擦っていた司の側に行くと、急にビシッとした態度でこちらに振り向いてくれた。
「どうかしましたか?」
「そ、その、来週行われるファミリーデーに参加出来そう?」
「あぁ、まだわかりませんが、おそらく厳しいかと……。もし開催日までに敗退してた場合、追って連絡したら参加可能なのでしょうか?」
「えぇ。その場合私に連絡頂戴ね」
「はい」
事務的な会話を終えた司はそそくさと職場を去ってしまった。
素っ気なさすぎる……。もうちょっと反応を示してくれてもいいじゃんか!
でも司の家庭は子供が3人いたはずだし、やっぱ忙しいのかな?
けど、私だって忙しいわよ。
もう完全に私に対して興味がないんだな……。
まぁ、考えてみれば別れてから20年近く経っているわけだし、司の脳内にはもう断片的な記憶しか残っていないのかも。
その後残りの社員にもファミリーデーの参加の可否を確認して、現時点で可能だと確定している社員の情報をまとめた文書を社長に送信した。
フゥー。やっと終わったぁ。これで帰れる。
解放感に満足してパソコンに視線を遣ると、時刻は18時30分になっていた。
身支度を整えた私はすで自分以外誰もいなくなったオフィスの灯りを消して、エレベーターへと向かった。
夏だけあってまだ外は暑い。それでも風が吹いているので苦痛を覚えるほどではない気がする。
無性にアイスが欲しくなる。
でも家まで近いんだし我慢しよう。
帰宅ラッシュだけに駅前はスーツ姿の労働者ばかりだ。でも私は電車ではなく徒歩で帰れる距離なので勝ち組だ。
夜風に吹かれながら10分ほど歩いてきて、自宅の前に着いた私はカギを差し込みドアを開けて中へと入って行った。




