もう1つの候補
お昼休憩を終えた俺たちは再び庭に出て練習を始めた。
軽くキャッチボールをしたあとで俺は試してみたかった球種を受けてもらうため座ってもらった。
何度もしつこく球種を訊いたが教えてくれなかった。
昴は何を投げるつもりだ?
多分、縦の変化球系統だとは思うのだが……。
いつも通りの腕の振りから放たれたボールはあまり回転せずに向かってきた。この軌道は……。
「チェンジアップ⁉」
「正解。受けた感じどう?」
正直なところスライダーほどの変化量はない。でもその分キッチリと低めに制球されていた。
あまり変化量が多いとは言えないこのチェンジアップでも昴のストレートの球威を持ってすれば十分な投球のアクセントにはなるだろう。
まだ1球しか受けてないから判断するには早いけど、スローボールみたいな印象も受ける。
「いいんじゃないかな。全国のバッターが空振りするほどとは思えないけど、面白いと思う」
「面白い、か……」
と昴はボソッと言って、ボールを握り縫い目をジッと見ていた。
「今度は縫い目に掛けて投げてみる」
「今のは縫い目を外して投げたの?」
「そうだよ。パームみたいな軌道で変化することを期待して投げた。けどイマイチだったから今度は縫い目に掛けて投げる」
パームみたいな軌道か……。だけどさっきのは明らかにパームのイメージとはかけ離れていた。
モーションに入った。来る。
ビュルルルル。
んんっ‼思ったより下に……。
パーン。捕球は問題なかったし変化の幅もさっきより間違いなく大きい。
だが何より驚いたのは球の速さだった。
120キロくらい出てるんじゃないか?
けど、それでいてさっきより落差があるし、ある程度の回転もしていた。
「ナイスボール。結構よかったと思うよ」
「サンキュー。それなりに感触良かったからもう数球これで投げてみる」
「わかった。ドンドン投げて」
そうして何十球も受けてみて、これはすでに持ち球に加えられるレベルに達しているなと思ったのでそう伝えた。
「そう言えばさ、握りはどんななの?」
そう言うと昴はボールを握り俺に見せてくれた。
「これは……」
いわゆるサークルチェンジの握りだった。
全部で30球くらい投げたのだが、その中で3球に1球程度の割合でシュート気味に沈む軌道だったチェンジアップがあった。
だから何となくは察しがついていた。
おそらく未知の球種だったパームよりはこっちの方が投げやすいのだろう。実際変化量も球速もこっちの方が良かったし。
基本的に人差し指と中指を使わずに投げるパームは握りの癖が強く、中学生が習得するのは難しい気がする。
「サークルチェンジだね」
「そう。最初に投げたパーム擬きよりこっちの方が使えそう」
「なんでパームなんて癖のある球種を最初に試したのさ?」
「チェンジアップ系統の中でパームが1番回転数の少ない球種だった気がしたから」
それでか……。
回転数の多いストレートをより一層活かすため、真逆な回転数の少ないパームを選んだってわけか。
「けど、パームは投げにくかったんでしょ?」
「うっ……」
昴は言葉に詰まっていた。
「なら、今投げているのをチェンジアップとして磨いていこう」
「そうだな。けど今日はもうすでに陽が落ち始めてるし帰るわ」
そう言って昴が荷物をまとめ始めていると、母さんと妹の友恵がスイミングスクールから帰ってきた。
買い物をしてきた母さんの手提げ袋を部屋へと運んだ。
庭に戻ってくると、帰り支度を終えた昴と友恵がベンチに座って話していた。
「友恵ちゃんと会うのは久しぶりだねー。忘れられてなくて良かったよ」
「うん。忘れるわけないよ。だっていつもお兄ちゃんが昴くんはすごいって言ってるんだもん」
おい友恵。それ以上余計なことを言ったら……。
「それは嬉しいね。ありがとう」
と言って友恵に微笑んだあと、ニタニタしながらこっちを見る昴。
恥ずかしすぎる。
「友恵に最近昴がどうしてるか聞かれたから、相変わらず活躍してるよって言っただけさ」
「ふーん」
と疑っているような表情をしていたが、時計を確認して荷物を背負うと礼を述べ始めた。
「まっ、いいや。弓子さん、今日1日お邪魔しました。ご飯美味しかったです。ありがとうございました。友恵ちゃん、待たね。守、明日の試合必ず勝とうな。じゃあね~」
そうして昴は帰って行った。
「昴くんと出会えて良かったわね。守」
と昴を見送ったあと母さんに言われた。
それは俺も思う。
小6のときに昴とバッテリーを組んでいなかったら、きっと以前住んでいた近所にある白金ボーイズに入団していたと思う。
中1になるときに父さんのセイレーン2軍監督就任が決まり、我が家はセイレーン2軍本拠地がある神奈川へと引っ越した。
実のところ、俺が支倉シニアのセレクションに合格したことがきっかけで、父さんが球団に支倉シニアに近いセイレーン2軍での監督就任を打診して決定した結果、今の暮らしが出来上がった。
こうした一連の出来事すべての引き金が昴だからだ。




