守の家
「おはよっす」
と眠たげな顔をした昴がインターホンを押してきた。
「おはようさん。今開けるわ」
俺は玄関まで向かいドアを開けると、そこにはシャキッとした顔に変わった昴が立っていた。
「朝早くから悪いな」
「別に。父さんもいないけどいいの?」
「構わねえよ。守が受けてくれんならな」
「朝から嬉しいこと言ってくれるね。それじゃあ始めようか」
と言ってキャッチボールを始めた。
20球ほど投げてお互いの体も温まり、キャッチャー用具を身に着け庭のブルペンで投球練習を開始した。
「いくぞー」
振り被った昴が投じたその球種は大きく曲がったがベースの手前でワンバウンドした。
それでもなんとか俺は止めたが、この軌道で曲がるボールを受けたのが初めてでめちゃくちゃ驚いた。
何より止めるのが精一杯で捕球するまでの余裕はなかった。
これが左投手のスライダー……。それも昴の。
典型的な左オーバースローの昴が投じたスライダーは横滑りと言うより縦への変化が大きかった。
昴の持ち球に縦のドロップみたいなカーブがあるが、あれより15キロぐらい速くて更に鋭い変化をしたので驚愕した。
投げた昴自身にも手応えはあったようだが、困ったような顔をしていた。
「どうした?もう少し投げてみろよ?」
「おぅ」
と小声で返事をした昴はその後何十球も投げ続けたが、いずれもベース手前でバウンドしてしまい止めるのがやっとだった。
でもキレはある。初見でこれを見極めるのはほぼ不可能だろう。
将来的には昴の持ち球の1つに加わっていても不思議ではない気がする。
しかし問題はこれをキャッチャーが捕れるかどうか……。
今は俺が受けているが、試合中は拓哉さんが受ける。
打者としても重要な役割を担っている拓哉さんに今これ以上の負担をかけるわけにはいかない。
しばらくこのスライダーは封印しておくのが得策だと思う。
よほどのことがない限りは……。
「やっぱまだ無理そうだな。時間が足りない。何より守でさえ2球に1球は後ろに逸らしてしまっている現状じゃ、拓哉さん相手に投げるのはまず無理だろ」
と真剣な表情で言う昴に俺は何と返していいかわからず間が空いてしまった。
「一旦休もうぜ。部屋上がれよ」
「い、良いのかよ?」
「平気だって。母さんが許可してくれてるから」
「ホントにありがとな」
そうして俺たちは守の家の中へと入った。
すぐに玄関で守のお母さんが迎えてくれた。
あぁ、そう言えば今朝母さんから菓子折りを渡されてたんだった。
思い出したようにリュックの中を開け手渡した。
「あらあら、菓子折りだなんて律儀な方ねぇ。今度会ったらお礼しなきゃね」
「あ、いえいえ。こちらこそお世話になります」
「この間の試合観てたよ~昴くん。また一段と大きくなったね」
この人はホントに守に似て気遣い上手だ。
「ありがとうございます。守くんのリードのおかげです」
「少し休んだら?」
「あっ、はい。そうさせていただきます」
「今からお昼作るから待っててね」
「ありがとうございます」
そして守母はキッチンへと向かって行った。
ソファに座って守と待っていると視線の先に守のお父さんであり、現セイレーン2軍監督の迫田哲也さんと守の写った写真が目に入った。
多分セイレーンの本拠地で撮られたものだろう。
守のお父さんのことはNPB12球団ジュニアトーナメント大会で出会うまで知らなかったが、元プロ野球選手だったらしい。
でも常に2番手捕手で、1度も正捕手として規定打席に到達したことがなかったのだという。
過酷なプロ野球の世界で戦うお父さんの厳しい現実を目の当たりにしながら育ってきた守はその悔しさを滅多に表には出さないが、お父さんを超える野球選手になりたいという想いを常に持っているのを俺は知っている。
いつだったかそんな想いをボソッと口にしていたことがあった……。
普段は他者への思いやりに満ちていてそんな熱い一面を見せることはないが、きっと心の中ではいつだってそう思っているんだろうなと思う。
お世辞ではなく本気で、全国の中学生野球界で守より守備力の高いキャッチャーがいるとは思えない。
その守でさえも俺のスライダーを止めるのが精一杯だった。
だが原因はキャッチャーではない。
明らかに俺自身の技術不足だ。
曲がり始めが速くなってしまい思ったところに制球出来ていない。これじゃあワイルドピッチ三昧になってしまう。
今の精度のままでは間違いなく全国では使い物にならない。
やっぱりスライダーは諦めてもう1つの候補にしてたあれを選ぶしかないか……。
守母の手料理は絶品だった。さすが元プロ野球選手の奥さんだなと思った。
アスリートの奥さんだけあって食への意識が一般人とは明らかに違う。
まぁ俺の母さんも異常なほど食への意識が高いわけですが……。
真剣にプロを目指している選手を抱えている家庭は日常生活への意識からして違うんだろうな。
決してシニアでの練習だけでここまでこれたわけではない。
日々の食生活や洗濯、日常のありとあらゆることで支えてもらった上で今があることを忘れてはいけないのだ。




