涙
俺も颯馬もショックのあまり整列と言われた瞬間動けなかった。
しかし動揺していたのは俺たちだけではなく、すでに整列していて勝ったはずの相手の選手たちも冴えない表情だった。
その表情はまるで本当に俺たちが勝者に相応しいのだろうかといった感じのものだった。
それを見て俺は我に返り、落ち込む自分の親友に手を差し出してそのまま引っ張って整列し、互いの健闘を称え合った。
相手の選手たちから何度もごめんと謝られて不思議な感じがしたが、『気にしないで。全国でも頑張って』と精一杯の笑顔で彼らがこれから戦うステージへ向けたエールを送った。
自陣のベンチでは放心状態になってしまっているチームメイトたちに監督が労いの言葉をかけて慰めていた。
俺はかっこつけてクールダウンしてきますので両親のところに向かいますと言ってグラウンドを後にした。
視線の先にいた両親は他の選手の保護者に何度も頭を下げられていた。
先に会話を終えたお母さんが俺のもとへ駆け寄って来た。
「お疲れ様。頑張ったね」
とお母さんに言われ抱きしめられた。まだ俺よりも背の高い母に抱きしめられて、安心したのか涙が零れてしまっていた。お母さんも洋服に付いた水滴で涙に気付いたのか、何も言わず俺の気持ちが落ち着くまで抱きしめてくれていた。
気持ちが落ち着いた俺は、
「ありがとう。もう平気」
と言ってお母さんから離れた。
お母さんを見上げると、少し泣いていることに気づいた。
悲しかったり悔しかったのはお母さんも同じだったようで、そういった気持ちに共感してくれる人が自分の母親であることを誇らしく思う。
「ねぇ、お父さんどこ?」
「あれ、さっきまでバックネット裏にいたんだけど……あれ、いないわね」
「あっ、いたよ。あそこ。俺たちのベンチで監督と誰かと話してる」
「あっ、いた」
お母さんも涙を拭いて良好になった視界でお父さんの姿を確認できたみたいだ。
俺たちはベンチ前へとやって来た。
「お疲れ様、昴」
そうお父さんに言ってもらえて安心した」
「ありがとう。約束してたのに全国大会の景色を見せてあげられなくてごめんね」
「いいんだよ。まだまだ先は長いんだしこれからいくらでもチャンスはあるさ」
「そうだよね。これからも頑張るよ」
「あの~、すみませんが自己紹介をさせてもらってもいいでしょうか?」
とさっきからいる謎のおじさんに話しかけられた。
「はい。俺にようですか?」
「うん。初めまして。私は蓮沼耕太郎といいます。元ペガサスの捕手をしてました」
「えっ!!は、初めまして。一条昴です。何でそんなすごい人がここに?」
「一条昴君。よろしくね。今日の試合での昴君の活躍を観させていただいて、この冬行われるプロ野球12球団ジュニアトーナメント大会のメンバーに君を選びたいと思ったんだ。監督は私が務めるしチームメイトの畑下颯馬君もメンバーに選ぶつもりでいる」
突然すぎて良くわからない。どうなってんだ?
「ありがとうございます。でも、俺はこれまでに全国に出場した実績もありません。それでもいいんですか?」
「問題ないよ。君の能力が素晴らしいことは試合前のお父さんへの本気の投球を観ていたしよくわかる。それに試合中、捕手の子が捕れる速さのボールを丁寧に投げ分けしている器用さにも感動した。最終回に見せた本気のストレートを打ち返せる小学生はそうそういないはずだ。だから私に力を貸してほしい」
「前向きに考えてみますが、本気の球を捕れる人がいないんじゃ結局今日と同じことの繰り返しになってしまうだけだと思います……」
今にして思えば生意気な発言だったが当時は本気でそう思っていた。
「その心配は必要ないよ。迫田守っていうすばらしい捕手が昴君の球を受けてくれるからね」
このとき、初めて守の存在を知った。
「わかりました」
「すいません。蓮沼さん。今日の昴はすで疲れているみたいですので、また後日連絡させていただきます」
俺の疲労が限界に達していることに気づいたお父さんが会話止めてくれた。
「はい。お疲れの中、時間を割いていただきありがとうございました。またね昴君」
「ハイ。ありがとうございました」
これが俺と守を引き合わせてくれるキッカケを作ってくれた蓮沼さんさんとのファーストコンタクトだった。
そしてこの年の冬に行われた大会が俺や颯馬たちの人生を大きく動かすきっかけとなった。




