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世代交代  作者: 砥左 じろう
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元カレの子供

第1章


 1年半前の年末、年内の仕事を終えて穏やかな時間を過ごしていた私はその日もいつもと同じようにテレビをつけてワイドショーを観ていた。次の番組で衝撃を受けることになるとも知らずに……。

 その番組は全国から選ばれ抜いた小学生によるプロ野球チーム主催のトーナメント大会だった。

 昔付き合って人にすごく野球が好きな人がいたな、なんて過去を顧みながらテレビに視線を向け続ける。

 先に守備に就いたペガサスジュニアは多摩地区のチームだ。選手紹介の為に次々と選手たちを映していく。

 1番を付けた子が映り、紹介文が表示される。

 『一条昴(すばる)』。左投げ左打ち。朝陽リトル。

 いくつかの情報が飛び込んでくるが、名前に気を取られる……『一条』、それも多摩地区の代表であることを考えれば、もしかして?

 あの人のルックスに似ているけど、そんな偶然あるはず、ないと思いながらも、疑わずにはいられなかった私は全国に『一条』さんが何人いて、その内のどれくらいが多摩地区で暮らしているのか気になって調べていた。

 紹介文には市区名までの情報はなかったので、東京で何人いるのかだけ確認する。

およそ900人か……。

 鈴木さんや佐藤さんに比べれば断然少ないけど、この900人の中に含まれていることは間違いないだろう。

 焦りを感じて調べていた私とは対照的にマウンドの昴くんは落ち着いて投げていた。


 いつの間にか3者凡退に抑えて攻守交代していたが、2アウトまできていた。

 ここで『あの子』に打席が回ってくる。

 そして昴くんを応援する保護者としてスタンドの一部がテレビに映る‼︎

 この瞬間、私は悟った……。豪快なホームランをプロのフェンスより前に設置された柵ではなく本物のフェンスに直撃させて、少し悔しそうにしてから浮かべた笑顔がそっくりなのも、名字が同じなのも偶然ではなく、元カレ『一条司』の息子であるからだと……。

 解説者が語り出すが、私はすでに彼のことを知っている。『一条司』という人物について……。

 豪快なホームランを放ってスタンドの度肝を抜いた一条昴くんではあるが、そのお父さんというだけでは、話を広げることは難しい。

 にも関わらず、そうならなかったのは、私の元カレであった一条司という男がかつて甲子園のアイドルだったからだ。

 そしてこの大会の3ヶ月後、更なる衝撃が私を待ち受けていた……。


 現在、私には家族がいる。夫と息子との3人家族だ。

 我が家の息子は中学生で軟式の野球部に所属している。ポジションはサードで打順は7番だ。

 私からしたら息子のことは誇らしく思っている。

 しかし、そんな温かな感情を木端微塵にした存在がいて、それが昨春越してきた一条昴だった。

 彼はシニアリーグに所属しているので息子と対戦することはないのだが、息子の同級生のシニアリーグに所属している友達によると、対戦していて打てる気が全くしないぐらい凄いらしく、圧倒的な遺伝子の格差を感じたのだという。

 それだけではなく街中で評判になっているので、ママ友や近所の人との世間話でも度々彼の名前が登場する。

元カレの子供恐ろしい……。

 私はこれらの話を聞く度に昔の自分の決断に迷いを感じるようになっていた。

 あの時、彼を振っていなければあの凄い選手を私は産めたのかもしれないなんていう想いが込み上げてきてしまい、自分の判断力の無さを認めざるを得ないと思った。

 もちろん奥さんの家系の影響もあるだろし、私が産んでも同じように育っていたなんて考えるのは私の傲慢さに他ならないというのは分かっているつもりだ。


 夫とは自立していて共働きに関しての理解もあり過干渉することもなく自由な夫婦でいられると思い結婚した。

 確かに付き合っているときはそれで良かったのだが、産後は酷かった。

 相手の自由を尊重する代わりに自分の自由を優先する人なため、子供の事にも私の事にも興味のない感じだった。

 仕事に関して理解があると言えば聞こえは良いし、職場の部下たちからも「理想の夫婦ですね」などと言われるが、実際には無関心なだけで業務内容について聞いてくることもなければ飲み会にも遠慮せずに行けって言うような人だ。

 遠慮せずに参加すれば自分も同じことをする大義名分が得られるから言っているのだろう。

 理解とか寛容とかそういうのを超えて無関心になっている……。

 ただ、夫の名誉の為を思って言うと、自分の事は何でも自分でするため手は掛からない。

 そこは美点だと思うので、子なし夫婦にはお誂え向きなのだろう。


 一方、司との交際はとにかく真面目でお酒は飲まないし、夜は決まった時間には眠るといった生活で徹底されており、私はそれを窮屈に思い陽気な性格の他の男性に目移りして彼を棄てた。

 ただ彼は自分の生活習慣を私に押し付けたりはしなかった。

 交際時に言われた言葉で印象に残っているのがある。

 「もし仮に君が他の男性に目移りして俺と別れることになった時、『俺は君との交際の中でこれだけ努力して振られたんならしょうがないや』って思えるぐらいには努力したいなって常々思っているよ」と。

 そして振られた彼は一瞬俯きながらもすぐに顔を上げて「俺、今まで最善を尽くしてきたつもりだったからこの結果は悔しいけど、後悔はしてないよ。今までありがとう。さよなら」

 そう言い残して去って行ったきりその後数十年もの間、私の前に姿を見せることはなかった。

 ただ、甲子園特番などでは見掛けたり、彼との交際を知っていた友人との会話の中でたまに出てきたりはした。けど、その程度だった。


 だけど今、信じられないことに司と同じオフィスにいる。

 あの大会を通じて見せた昴くんの活躍を観ていたプロ野球養成機関『支倉シニア』の監督さんが惚れ込み、スカウトしたのをきっかけに東京から神奈川へと越してきたようだ。

 その影響で司は大学卒業後長年に渡り勤めあげてきた会社からここに転職してきた。

 当初は彼の過去などから色眼鏡で見られていたが、今では社員と普通に打ち解けている。


 休日も仕事に勤しむ私とは正反対で基本的に家族と過ごしているらしい。

 立場上は私が司の上司に当たる。

 ある日のお昼休みに同僚たちが司に、

「息子さんの昴君凄いね。ネットで見たよ」

などと話しているのが聞こえた。

すると司が、

「僕よりは間違いなく才能ありますからね。今後も楽しみです」

と頬を緩ませながら返した。

「それって甲子園とか?」

「そこで終わるような存在じゃないと思います。プロは間違いないかと」

「ええっ!確かまだ中2ですよね?」

「はい。でもわかるんです。この子はプロに行く子だなって。だからって仕事に対するモチベーションが低いってわけじゃないですけど、あの子の将来の可能性を考えたら自分の時間を削ってでも力になりたいなと思うんです」

「じゃあ明日の飲み会は来ないの?」

「はい。いつもお誘いいただいているのにすみません。翌朝に昴の試合があるので夜のうちにフォームチェックとかして欲しがるんですよ」

「そっか。なんだか俺たちには遠い話に聞こえちまうな」

「僕が指導できる時間もそう長くはないですよ。昴も再来年には我が家から出て行くでしょうし、意外と貴重な時間なんですよ」

そう胸を張って言っているのが聞こえてしまった。

退社時間になると司はそそくさと帰ってしまった。

今となっては彼は私のことなど気に掛けてはくれない。

彼は私の部下が束になってかかっても適わないぐらいの額を稼ぐ可能性の高い金の卵を抱えているのだから。

その金の卵が故障で潰れたりしないよう気に掛けるので精一杯なのだ。



続く。

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