正しい忠
忠という字はただしと読めます。
正しいと忠、運命的な関係性を感じてなりません。
唐突に意識を取り戻した。
ブラックアウトした視界が鮮明に開かれる。
そこは光の海であった。
辺りを見渡せば全てが白。それ以外の色が見当たらない。
そこらじゅうに光を放つ玉が浮かび、漂う霧が光を反射し、光をまとう波が押し寄せては引いていく。
普通であれば目を開けていられない程の光が波とともの押し寄せるにもかかわらず、なぜか眩しいとは感じなかった。
この余りにも美しい幻想的な光景を少しでも見ていたいと、そう思えて仕方がなかった。
なぜ俺はこんなところにいるのだろう。
思考を巡らせれば直ぐに答えに行き着く。
俺は事故を起こした。
それもとんでもない交通事故だ。
きっとここは死後の世界なんだろう。
まさかと思うが天国なのだろうか。
これまで犯罪など犯したことなどないが、かといって良いことをしたこともない。
むしろ人様には迷惑しかかけてこなかった自信さえある。
両親は貯金もなく、彼女もいない事を心配していた。
その事を思い出し、申し訳ない気持ちになった。
しかしその気持ちを伝える術はもうない。
今更ではあるが親孝行をしておけば良かったと後悔した。
こんな奴は地獄に落ちるものだと思っていたが、天国に行けるとは。
神様というのは慈悲深いんだろうと思う。
しかし冷静に考えて、今の状況はどうしたものかと考える。
美しい場所ではあるが、漂うことしかできない。
よく体を見てみれば、何とも不思議な事になっている。
腕もなければ足もない。とゆうか体が玉のように真ん丸であった。
よくよく考えれば先程から喋ろうとしているが、言葉が出ないし、まばたきもしていない。
何もできない。
まさかこのまま何もできず漂い続けるのだろうか。
何も喋れず、動けず、漂い続けるしかないのだろうか。
そう考えると、ゾッとした。
つい先ほどまであった自由が、これから先無くなるのは怖かった。
なんとか体を動かしてみる。
手足がないので、なんとかこの場所から動く努力をしてみる。
ぐぬぬぬぬぅ。
気合いを入れて力を込める。
この体のどこに力を入れれば良いのか分からないが、とにかく入るところに入れてみる。
しかし動かない。
ピクリともしない。
そもそも動き方が分からない。
どうやって浮いているのかも分からない、まん丸の体だ。
どうすれば良いのか分からない。
それでも必死に力を込める。
ここで諦めてしまったら、もう二度と動けないという事を認めなければいけなくなる。
それだけは嫌だった。
しかし現実は非情だ。
どうやっても動けない。
少しぐらい、ピクリとでも動けば希望があったのに、その程度も動かなかった。
頭の中に不安と悲しみが押し寄せてくる。
やがて悲しみが不安を侵食していく。
目もありはしないのに、涙が流れていると錯覚する。
しかし何も流れていない。
泣きたい。
しかし涙を流す目がない。叫ぶ口も、暴れる体もない。
しかし悲しみだけが募る。
魂と一緒に心だけはあるから。
死ぬ間際の事を思い出す。
ささやかな幸せを感じ、明日を生きる希望を見つけた。
何が絶好調だ。希望を見つけた結果が絶望か。
なぜこんな目にあうんだ。なぜ死ぬはめになった。
生きていたかった。まだ生きていたかった。
まだ大っ嫌いな日々を過ごしたかった。
生きたい、死にたくない。生きたい、死にたくない。死んじゃった。でも生きていたい。
気持ちは止まらなかった。
体は動かない、でも暴れる。喋れない、でも叫ぶ。涙は出ない、でも泣く。
たとえ何もできなくとも、なにかをした。
端から見れば、動かない光の玉。
しかし、それはどこまでも人間であった。
誰にも聞こえない叫び。しかしその叫びはこの世に響き渡った。
そして、それは、確かに、彼に届いた。