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ウソの魔導士は皆を幸せにしたい  作者:
第二章 ニーナの魔法修行 基礎は奥義
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タザフ城下町全住民悪夢事件

「報告いたします」

 城内に設けられたジークハルトの執務室で、昨夜の事件の報告を行っているのは、宮廷魔導士団に所属するアルドディア・シュメールだ。

「昨夜起こった城下町全住民が同時に悪夢を見たという事件を調査しましたところ、証言内容に共通する部分とそうでない部分があることがわかりました」

 そこまで言ったところで、アルドディアは一度言葉を切り、ジークハルトの顔を無表情に見つめる。

 こういう時のアルドディアは、続きを知りたそうにすることで饒舌に語り出すことを、ジークハルトは知っている。

 アルドディアから情報を聞き出す時の通過儀礼のようなものだと諦め、内心で溜め息を吐きながら続きを促した。

「そうか……アルド君、続けてくれ」

 この後、国王に詳細な報告をしなければならないために努力してみたが、ジークハルトはそう言うのが精一杯だった。

 それでもアルドディアにとっては十分だったようで、満足そうな表情で報告を再開した。

「複数の証言をまとめますと、森の中の古ぼけた館、少女がひどい目に遭い流血する、暗闇の中でもはっきりと血の赤さが認識できたという点が共通しています。その反面、少女の負う怪我の内容については、四肢がちぎり取られる、腹部を切り裂かれる、首をもがれるなど様々です」

 それを聞いて、ジークハルトはやっと興味が湧いてきた。

「ほう、つまりは……その点については詰めが甘かったということか?」

「さすが魔導士長です。魔法防御壁が張られている城内の者は悪夢を見ていないことからも、この事件は大規模な精神魔法が原因であり、術者の詰めが甘かった部分が、証言内容のバラつきを生んだものと推察されます」

「なるほど。それにしても迷惑な事件を起こしてくれたものだ。敵国からの攻撃だと思うか?」

「いえ、それについてはなんとも言えませんが、私個人の意見としましては、その可能性は低いかと。今回のような事態を引き起こす魔法は存じませんが、敵国からの魔法攻撃であれば、隊を組んでの集団詠唱を行うでしょう。集団で作戦を練ったのならば、見せたい悪夢の内容の細部にまで拘るのが人間の性です。そう考えると、信じ難いことではありますが、昨夜の事件は単独犯によるものではないかと思うのです。……ま、特殊な魔法災害という可能性もありますが」

 実のところ、ジークハルトもアルドディアと同意見であった。

 ここでは言えないが、ジークハルトは今回の事件を起こした犯人に心当たりがある。

「次に、さらに証言内容を細分化、数値化し、統計を取りましたところ、面白いことに標準偏差が――」

「アルド君、素晴らしい分析だった。大変、参考になったよ」

 話題がアルドディアの趣味の領域に入りそうになったところで、ジークハルトは話を切り上げようとした。

 この流れも毎回である。

「それでは、この度の事件名はナイトメア・イン・タザフというのはいかがでしょうか?」

「おっと、もうこんな時間か。私は今から国王に報告に行かねばならない。アルド君、ありがとう」

 ジークハルトは急いで立ち上がり、近衛魔導士の正装であるマントを羽織りながら、アルドディアを残して執務室を出て行った。

「優秀なのはわかるんだがな……」

 国王と会う予定の、限られた者しか入ることができない城内庭園に向かいながら、ジークハルトは独り言を呟いた。

 残されたアルドディアは頭を掻きながら、ジークハルトが出て行ったドアを見つめていたが、幾人かの証言に出てきた内容を報告し忘れていたことに思い至った。

「だわさについて伝えていなかった……ま、些細なことでしょう」

 そう言ってアルドディアも執務室を後にした。




 朝に目覚めたニーナは、昨夜の夢の内容を思い返しながら食事の支度を済ませ、フィッツと秀人が起きて来るのを待っていた。

 食事を始める前に、ニーナは昨夜のことを謝ろうと思っていた。

 程なくしてフィッツだけが起きてきた。

 秀人は夜遅くまで何か作業をしていたようだから、今日も朝寝坊だろう。

「師匠、昨夜はうるさくしちゃってすいませんでした」

「んー? ……ああ、晩御飯の時、ヒデに野菜を食べろとか、僕には逆に肉を食べろとかガミガミ言ってたこと? ニーナちゃんが口うるさいのはいつものことだから、気にしなくていいよー」

「え……その切り返しはちょっと想像してなかったわ。そ、そんなに口うるさいですか、あたし……じゃなくて、深夜ですよ! あたし、昨日、怖い夢を見て叫んじゃって。師匠を起こしちゃったんじゃないかと思って……」

 フィッツはまだピンと来ない様子で、小首を傾げている。

「深夜ねー。そんなことがあったんだー。僕は僕で、昨日はすっごく面白い夢を見てねー。大笑いしながら目を覚ましたんだよ。あー、おかしかったなー、あの夢」

 心底面白い夢だったのだろう。

 フィッツは夢の内容を思い出してはくつくつと笑っている。

「いやー。朝から楽しい気分にさせてくれる親切な夢だったなー。さ、食べよう食べよう」


 フィッツの楽しそうな笑顔を見て、ニーナは今日もいつも通りの一日になると予感した。

 それからはいつも通り、フィッツに精が付く物を食べさせようとしたり、朝寝坊した秀人に小言を言ったり、フィッツが全力で投げた木の棒を着地前にキャッチするという早業を披露したりした。

 そして昼前に食堂に出勤し、眠そうな店主に理由を聞いて雲行きが怪しくなってきたと思い、開店して客と話していくうちに、なんて楽観的で幸せ者なんだと自分に呆れてしまった。

 今日は、いつも通りの一日などではなかった。

 城下町を丸ごと覆うような規模の途方もない事件が起こっており、あの悪夢を見たニーナもまた当事者だったのだ。


 食堂の客がしている会話のほとんどが、昨夜の夢の話だ。

 自分のまったく知らない場所で、知らない少女が惨殺されるという衝撃的な内容もさることながら、周りの人間すべてが同じ内容の夢を見ていたという摩訶不思議な現象に、恐怖しながらもどこか興奮した様子で持論を述べ合っている。


「よお、傭兵区のほうでも話を聞いて来たんだけど、やっぱり城下町の全住民があの夢を見たってことで間違いないみたいだぜ」

「ああ、俺は工業区に行ってみたんだけどよ、みーんなあの夢の話ばかりしてて、聞き込みをするまでもなかったぞ」

「やっぱりジョンストンさんもケリーさんも、あの夢を見たんですね。マスターも見たって言ってたし。一体、なんだったんでしょうか?」

 今回の事件について、ジョンストンとケリーは趣味の範囲で調査を行ってみたようである。

 仕事ではないので、大まかに聞き込みを行っただけだが、それでもこの事件の規模の大きさを知るには十分だった。

「まあ、こういう事件は諜報部じゃなくて魔導士団の管轄だからさ。詳しい発表があったらすぐに知らせるから、ニーナちゃんは安心して待っててよ」

「そうだぜ、ニーナちゃん。どうも実害はないみたいだしよ。血みどろな光景を見てトラウマになった奴はいるみたいだけどな。どっかのガタイのいいおっさんとかよ」

「聞こえてんぞ、ケリー!」

 店の奥の厨房から、店主の怒号が響いた。

 ジョンストンにケリー、ニーナの三人は顔を見合わせ、笑いを堪えきれずに小さく噴き出した。

「まあまあ、マスターの純粋な心も大切に保存していこうじゃないか」

「ふふふ。でも、それを言ったら、子どもにはかなり衝撃的な内容だったんじゃないでしょうか?」

「そう、それなんだよ。子ども達にも話を聞いてみたんだけどな、どうも怖がってる子どもばかりでもないんだよな」

「やっぱり、あれのせいか?」

「だな」

「あれ……ですよね」


「ただいま……だわさ」

「きゃああああ! ……だわさ」

 ジョンストンはドアを開ける動作、ケリーは両手を頬に当てる動作をしながら、夢の中の少女のセリフを真似した。

「だわさって……なんなんだよ」

「ええ、あたしもそれが気になっちゃって、素直に怖がれないというか……。語尾にだわさって付ける人なんて、サーガの登場人物みたい」

「そうだよな。なんかそれが物語とか演劇っぽいってんで、子どももあんまり怖がってないんだよな。むしろ真似して楽しんでるくらいだった」

 食堂の他の客も、夢に登場した少女の口癖が気になっているらしく、まさしく悪夢であったはずが、時間が経つにつれて冗談のネタになっているようだ。


「もしこれが人間の引き起こしたことだったとしても、とりあえずは魔導士団の発表を待つしかねえな」

「まあ、なんにせよ、大事にはならなそうだがな。純心親父が寝不足になったぐらいでよかったよ」

「聞こえてるって言ってんだろうが、ジョンストン! まったく、てめえらは他人事だと思って……」

 まだ厨房からぶつぶつと店主の文句が聞こえるが、常連二人は聞いてもいない。

「むしろ、あの夢を見てない奴は損してるんじゃないかとさえ思うぜ」

「見てない奴っていうと、起きてた人間か、城内に住む人間くらいか」

「あ、でも、師匠とヒデトはあの夢を見てないみたいですよ」

 ニーナがそう言うと、ジョンストンとケリーは揃って腕を組んで首を捻っていた。

「うーん、でも、ウソの旦那とアイアンマスターだろ?」

「あの二人は特殊だからなあ」


次回は8/26(金)18時に投稿します。

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