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ウソの魔導士は皆を幸せにしたい  作者:
第一章 ウソの魔導士 弟子募集中
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俺が秀人だ

 ニーナは感情の奔流に飲み込まれてから気を失う寸前までの記憶を、夢で反芻していた。

 夢のなかでも意識は比較的はっきりとしており、どこかでこれは夢だと認識していた。

 膨れ上がる負の感情。

 店主を傷付けられたことに対する激しい怒り。

 かつて養父を失った時の深い悲しみ。

 それに呼応して自身から迸る、視覚できるほどに密度の濃い魔力。

 それをまったく意に介さず、悠然と歩み寄ってくる少年。

 何が起きたのかわからないが、次の瞬間、ニーナの身体は少年の腕に抱かれていた。

 無表情でありながらも、顔を赤くしながら見つめてくる少年。

 ああ、その眼差し。

 あなたはあたしを求めているのね。

 思えば他人から求められることなど、これまでの人生でほとんど経験したことがなかった。

 いいわ。

 あたしはあなたのもの。

 あたしはあなたのために生き、あなたのために……


「死にます!」

「えー、目覚めていきなり何言ってんのー? 死にたくなっちゃったの?」

 そう声をかけられ、はっと正気に戻ったニーナは、辺りを見回した。

 どうやら自分の部屋のベッドに寝かされていたようだ。

 部屋のなかには心配そうにしている店主とグレーのマントの男、距離を取って怪訝な表情をしている少年と、壁にもたれて腕を組んでいる金髪でローブを身に纏った男がいた。

 全員が全員、自分を見ている。

「ニーナ! 身体の調子はどうだ? なんともないか?」

「あ、はい、ちょっと怠い感じがするけど……って、マスターこそだいじょうぶですか? あんな深手を負ってたのに」

「ああ、俺は兄ちゃんに回復魔法をかけてもらったからよ。兄ちゃんの魔法はすげえんだぜ? 傷跡も残ってねえ」

「あ……ああ……よかった。あたし、マスターが死んじゃうんじゃないかと思って……」

 安心して気が緩んだのか、とめどなく涙が溢れてきた。

「お、おい、ニーナ。……すまねえ、俺としたことが情けねえぜ。お前に心配をかけちまった」

 ばつが悪そうに店主は後頭部を掻いた。

「あなたがマスターを助けてくれたんですね。お世話になった恩を返せないばかりか、あたしのせいでマスターを死なせてしまうところでした。ありがとう、本当にありがとう、ヒデトさん!」

「え?」

 ニーナがそう言った瞬間、今まで怪訝な顔をしていた少年がキョトンとした顔をして声を上げた。

「俺は大将に何もしてないけど……」

 少年は何やら不思議そうにしている。

 壁際の金髪の男は可笑しそうにくすくすと笑っている。

「えっと……だから、こっちのヒデトさんがマスターを治療してくれたんでしょう? え? あたし、何か変なこと言ってます?」

 ニーナはよく事情を呑み込めず、変な空気になった理由がわからずにあたふたしている。

 そうしているとグレーのマントの男が手をポンと叩いて、得心がいったように言った。

「あー、ごめんごめん、僕がヒデトって名乗ったあれね、偽名だったんだ。僕の本当の名前はフィッツ。フィッツ・フォン・リンナエウス。よろしくねー。で、こっちの彼が――」

「……俺が秀人だ」

「あ、あなたがヒデトなの? で、あなたはフィッツ? フィッツ……ウソの魔導士……あ! フィー坊!」

「その呼び方、ひさしぶりに聞いたよー。やっぱりギルバートから僕のことを聞いてたみたいだね。ちなみにー、僕のことどう聞いてたの?」

「確か……フィー坊は自分勝手なうえに一度言い出したら聞かない人で、言うことを聞かせようにも化け物だから手に負えないって言ってました」

「あはは、偽名を名乗って正解だったよ。余計に警戒させるところだったねー」

 笑いながら話すフィッツだが、その目は懐かしそうにしている。

「ニーナ、その……ギルバートってえのは、あれか、お前が幼い頃に亡くした親父さんか?」

「はい、ギルバートはあたしの養父の名前です」

「鉄血のギルバート。元王国騎士団所属で、第一線を退いてからは指南役をしていた剛の者だ。懐かしいな。私も父親に無理矢理ギルバートの演習に参加させられたものだ。地獄の山籠もり……大河の激流渡り……懐かしさよりも思い出したくない記憶だな」

 そのニーナの言葉を受け、ジークハルトは記憶を思い返すように語り出すが、すぐに変な汗をかき始める。

「そうなんですか。あたしにはいいお父さんでしたが……。あ、でも、お父さんと一緒にいる時に若い兵士の人に会うことがありましたけど、皆さんガチガチに緊張していたような」

「ギルバート、懐かしいねー。かなり変わったおじさんだったよね」

「確かにギルバートは偏屈ではあったが、お前に変わってるとか言われたくはないと思うぞ」

 フィッツの言葉に、ジークが冷静にツッコミを入れた。


 会話が一区切りついたところで、ジークハルトはあらたまった雰囲気でニーナに声をかけた。

「さて、我がタザフ国としては、今回のお前の魔力暴走は不問とする方針だ。被害はゼロといってもいいぐらいだし、目撃者も少ない。だが、百年に一人とも言われることになるだろう、その魔力量をむざむざ放っておくつもりはない。その力を活かす技術を身に付けるため、国の管理下で魔導士としての教育を受けるつもりはないか? もちろん、これには今後の魔力暴走のリスクを管理するためという意味もある。そのほうがお前としても安心できるだろう」

 高圧的なジークハルトの物言いに、心身ともに弱っているニーナは気圧されて小さくなってしまう。

「あ、あたしは……」

「いや、この子は僕が面倒を見るよ」

 会話に割って入ったフィッツ。

 ジークハルトを睨むように見据えるその眼光は鋭かった。

「……だよな。そう言うだろうと思って、諜報部がこれ以上、ニーナやこの店に手を出さないよう通達を出すように手配した。さらに、二人を国の重要保護対象に指定し、怪しい魔導士との関わりについては目を瞑るという破格のおまけ付きで、だ」

 どうやらこの遣り取りは、ジークハルトにとって初めから織り込み済みのことのようだった。

「ジーク、さすがー。これで、魔導士長は国益と危機管理を考えて行動したが、天才魔導士が我が儘を言って引き取った、ってことになったねー」

「自分で言うな、変態魔導士め」

 先ほどの鋭さはどこへ行ったのやら、フィッツはいつも通りにこにこと笑っている。


「待ってください。あたしは、魔法は……」

 ニーナが思い詰めたような表情で切り出した。

「んー? わかってるよ。ニーナちゃんは魔法が嫌いなんだよね。ギルバートを亡くしたことも、今回のことも、自分で望んで手に入れたわけじゃない魔力のせいだもんね」

 フィッツは少し真面目な顔になり、ニーナを諭すように言葉を繋ぐ。

「でもね、僕に言わせれば、ニーナちゃんが過去を憂いて魔法と距離を置くのは間違いだと思うんだ。その力の使い方を覚えれば、大切な人を守れるようにもなれる。それに、酷なことを言うようだけど、この先、何もしなくても君を狙う連中は出てくるよ、きっと」

 ニーナは俯き、考えた。

 これまでの人生で経験してきた悲しかったこと、温かかったこと、そしてこの先に待つ、人に避けられ続ける未来と、力を受け入れて自らの足で歩む未来。

「ニーナ、だいじょうぶだ。こんなに怪しい奴だが、こと魔法に関して言えば、この国でフィッツの右に出る者はいない。指導者としての技量は知らんが、お前ほどの才能があれば、まあ何か学び取ることができるだろう」

 最後は投げやりになったが、ジークハルトがフィッツを信頼していることは伝わった。

 そこでニーナは店主を見た。

 店主は一度肩を竦めて、優しい表情で言う。

「ニーナ、お前の好きなようにすりゃいい。お前の人生なんだからな。あー、ただな、店の手伝いは変わらずにしてくれると助かるんだが……」

「マスター、あたしのせいでこんなことになったのに……いいんですか?」

 ニーナの視界が涙で滲む。

「当たり前だろ。看板娘がいなくなっちまったら客が減るだろうが」

「マスター……本当に、ありがとうございます」

 ニーナは涙を拭い、顔を上げると、決意を込めた眼差しでフィッツを見た。

「フィッツさん、あたしに魔法を教えてください。お願いします」

「はーい。よろしくね、ニーナちゃん。そうそう、あらためて紹介しとくよ。この子はうちの居候のナスヒデト。あ、ヒデトが名前ね」

「ニーナ・ヴァレンタインです。よろしく…お願い、します……」

 自己紹介をするニーナだったが、途中から顔を赤らめて視線を逸らしてしまった。

「あれれ?」

「ほう」

「ニーナ、どうした?」

 秀人以外が三者三様に声を出す。

 ニーナは俯いたまま、秀人に問いかけた。

「あの、あたしまだ記憶がはっきりとしてないんですけど、あなたが助けてくれたんですよね? 本物のヒデト……さん」

「ああ、そうだけど。ちょっと力が入りすぎたことは謝るよ」

「いえ、ヒデト……さんにも、本当に感謝しています。その身を挺して、あたしを助けてくれて、ありがとうございます」

 そう言いながら、ニーナは恥ずかしいのか、あからさまにもじもじしている。

 そんなニーナの様子に強い違和感を覚えていることが、店主の表情から窺える。

「その……質問してもいいですか?」

「何を?」

 秀人は通常運転より若干眠たそうにしているが、ニーナは絵に描いたような恋する乙女だ。

 二人の間の温度差がすごい。

「あの……その……あたしを助けてくれた時も、今も……どうしてそんなに情熱的に見つめてくるんですか?」

「は? いや……そんなつもりはないんだけど」

 フィッツはポンと手を打って、いつもよりも楽しそうな笑顔になった。

「それはたぶん、ヒデの顔が赤いからだよー」

「顔が赤いのは、誰かさんのせいで火傷を負ったからですが?」

「……え?」

 ニーナはこれまでで一番低い声を出し、ガバッと顔を上げて秀人の顔を凝視した。

 そして我に返ったのだろう、赤い顔色はそのままに、涙目になりながらわなわなと震え出した。

「そんな……そんな……こんなのって、ないわ! は、恥ずかしすぎて死にたい!」

 そう言って、ニーナは布団を頭から被ってしまった。

「あああ、やっぱり死にたくなっちゃったのー? 忙しいねー、ニーナちゃんは」

「……ニーナ、お前……夢を見すぎだぜ」

 店主の言葉が特に印象的だったと、後に皆は思い出すのだった。



 ちなみに、フィッツの素早い消火により、ニーナの部屋や店主の部屋がある生活空間は延焼を免れたものの、店舗部分はかなり焼けており、それを目の当たりにしたニーナが、また死にたいと言いながら激しく落ち込んでいたのは余談である。


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