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ウソの魔導士は皆を幸せにしたい  作者:
第一章 ウソの魔導士 弟子募集中
1/42

僕はヒデトといいます

 これは、うちに口うるさい家政婦が来た時の話だ。




「託宣がまいりました」

 少女が静かに、唐突に語り始める。

 その少女は白く透けるように薄い衣を纏い、その肌もまた透けるように、寒気を覚えるほどに白い。

 薄暗い、半球形の広い部屋。

 その中央が人の身長ほど低く掘られており、そこに張られた光を発する水に、少女は膝立ちの状態で半身を浸している。

「おお」

「預言だ。久方ぶりの預言だぞ」

「何か大きなことが起こるのか」

「しっ、静かに」

 彼女の周囲を取り巻く十名ほどの男が、思い思いの言葉を漏らす。

 彼らは一様に厳めしい儀礼服を着ているが、年齢は様々だ。


「時も空も近しく魔が爆ぜるでしょう」

 端的な少女の言葉に、周囲がざわめく。

「近いうち、近い場所で、か」

「オラクルよ、時期と場所を特定できますかな?」

 一番年齢が高そうな男性が落ち着いた所作で問いかけた。

 けして大きな声を出しているわけではないが、よく響く声をしている。


「……夜天を九つ、徒歩(かち)で半日」

 その返答に数人が取り乱し始める。

「城下町のど真ん中ではないか!」

「十日もしないうちに魔力暴走が起きるというのか」

「距離的には中枢からは離れているようであるが、場所と規模によっては相当な被害になるぞ」

「近年では類を見ない災厄になるかもしれませんぞ、老師」

 老師と呼ばれた男は先ほどと同じように、優しく質問する。

「魔力事故の起きる場所、街並みは見えましたかな?」


「……多くの業、色も多い」

「ふむ……商業区、ですかな」

 壮年の男が焦ったように声を荒げる。

「商業区での魔力暴走など、起こしてはならんぞ! すぐに暗部に伝えるのだ!」

 数人が慌てて部屋から出ていった。

 扉の向こう側から声が聞こえることから、部屋の外で待機していた人物に状況を説明しているようだ。

「……利己的な行動は教義に悖るというに」

 老師と呼ばれた男は溜め息混じりにそう呟いた。




「いらっしゃいませ! あ、また不健康な顔色して! 精のつくもの食べていってくださいよ!」

 食堂に入るとすぐに、この店の看板娘、赤毛の給仕の少女が元気に出迎える。

 声をかけられた若い男は、席に着きながら言葉を返す。

「ああ、はいはい。大将にお任せでいいからって伝えて」

「あい! じゃあ、いつものスタミナ定食ね!」

 勝手に注文を決める給仕の元気いっぱいな態度に、はじめは苦笑いしていた男の顔が次第に綻んでいく。

 給仕は十七、八歳くらいだろう、深紅の髪色が溌剌としている性格によく似合っている。

 男は、店の奥に引っ込む給仕の姿を目で追っていき、姿が見えなくなってからもしばらく給仕が姿を消した通路を見つめていた。


 昼食の時間帯を少し過ぎているせいか、店内はそこまで混み合ってはいない。

 ゆっくり店内を見渡していると数名の客と目が合った。

 男は身長が高く、十分に美男子といえる風貌をしている。

 が、周囲の視線を引き付けているのは顔や背格好だけではない。

 その他の点も非常に人目を引くのである。

 肩辺りまで伸びた髪の毛は、根元から半分が漆黒、もう半分がオレンジを淡くしたような色をしている。

 また、少々涼しくなってきたとはいえ、まだまだ日中は日差しが強く気温が高い季節だというのに、全身を覆うようなグレーのマントを着ている。

 男がこの食堂に通うようになったのは半年前頃からだ。

 いつも同じ格好でいるため、この食堂の常連は慣れてきてはいるが、見慣れていない者からすれば、その姿は奇異に映る。


「はい、おまちどうさま! スタミナ定食、今日は特製スープ付だよ!」

 運ばれてきたのは食用としては一般的な家畜の肉を香草で炒めた料理だ。

 しっかりと香りづけされており、食欲をそそる。

 スープの中には、端肉ではあるが肉料理と同じ肉と、レバーも使われているようだ。

 確かに精がつきそうな料理だと男は思いながら食事を始めた。


「食後はやっぱりハーブティーですか?」

「うん、よろしく」

「マスター、ハーブティーお願い!」

「はいよ!」

 店の奥から店主の野太い声が響く。

「もう、そんな女みたいな飲み物を飲んでるから、髪が赤っぽくなっちゃうんですよ!」

「はっはっは、ニーナに馬鹿にされちゃ、おしまいだ。こいつなんかよ、仕事中はこんなに男勝りなのに、暇があったらお姫様と王子様が出てくるような物語ばっかり読んでるんだぜ」

 店主が大笑いしながら奥から出て来て、ハーブティーの準備を始める。

 大柄で筋肉質、スキンヘッドで口髭を生やした店主が、繊細な手つきで湯を注いでいく。

「ちょっとマスター、ヒロイックサーガを馬鹿にしましたね! 看板娘のプライベートを暴露しちゃダメですよーだ」

 ニーナと呼ばれた給仕の少女が舌を出しながら店主に文句を言う。

「この兄ちゃんなら顔もいいし、王子様に見えなくもねえ。ニーナもそろそろ年頃なんだし、嫁に貰ってもらったらどうだ?」

「なっ……何てこと言うんですか! 看板娘のあたしがいなきゃ、マスターのお店からまたお客さんが遠のきますよ!」

 ニーナは店主のからかいにムキになって反論した。

「はいはい、看板娘様のおかげでこの半年、客が増えて大助かりですよ」

「うんうん、大将もいい子を雇ったねー」

 男は優しそうに笑いながら話に乗って来る。

「なあ、兄ちゃん、前から思ってたんだが、その大将ってな何だ?」

「そういえばお客さん、マスターのことを大将って呼ぶわよね」

「あー、僕の友達がね、食堂の店主はマスターより大将って感じがしないかって言うんだ。で、まーなんとなく呼びやすいから、大将! ってねー」

「ふーん……そら、ハーブティーだ」

「うん、いつもいい茶葉を使ってるね。香りが素敵だ。今度、どこから仕入れてるか教えてくれない?」

「ははは、そりゃ商売上の秘密ってやつだぜ。飲みたくなったらまた来てくれや」

「だよねー。だから三日に一度は来ちゃうんだけど」


 男は香りを楽しみながら美味しそうにハーブティーを飲み、やがて金を払って店を出て行こうとした時、思いついたようにニーナに声をかけた。

「僕はヒデトといいます。商業区の外れに住んでるから、今度気が向いたら遊びに来てよ。いきなりこんなこと言うと驚くかもしれないけど、ニーナちゃんは魔法の素養がある。うちに来ても絶対に後悔はさせないよ」

「え? いや、何かの勧誘ですか? あ、もしかしてマスターの言うことを真に受けちゃいました? えっと、ヒデトさん、駄目ですよ、ナンパは別のところでやってください!」

 ニーナは人差し指を立て、言い聞かせるようにしっかりと断りを入れた。

「やっぱりー? まあ、一度考えてみてよ。返事は今度聞くからー」

 ヒデトと名乗った男はにっこりと笑いながら店を出て行った。



 昼食の時間帯が過ぎ、客がいなくなった店内で、店主とニーナが夕食の準備をしている。

「ねえマスター、滅多なこと言わないでください。あたし、あの人のこと、なんか信用できないっていうか……」

「お? あの兄ちゃんのことか? 見てくれは悪くねえだろ。お前の王子様にはなれねえかな?」

「王子様にはいろいろ足りない部分があると思うけど、不健康そうなところとか。……いや、王子様は物語の話で、現実にはいないってわかってますよ。あの人は、何て言うか、掴みどころがないのよね」

 ニーナは言葉を選びながら話しているが、的確に表現する言葉が見つからないようで、首を捻っている。

「気の強いお前には、あんな感じの優男が似合いだと思ったんだけどよ」

「うーん、優しい人だとは思うんだけど……。そういえば、常連のジョンストンさんとケリーさんが言ってたんですけど、あの人の変わり者な感じ、もしかしたら暗部の人なんじゃないかって」

「はっ、そりゃねえだろう。そもそも暗部なんてのは、噂だけで実在するかもわかんねえんだ。それによ、もし暗部が実際にあったとしてもよ、その人間があんなに目立つ格好してるわけがねえ。むしろ人の印象に残らねえように、目立たねえようにするもんだろ」

「そっか、そうですよね。でも何かあるような気がするんだよなー。話してて笑ってる時も、料理を待ってぼーっとしている時も、なんだか目に深みがあるっていうか、深みがありすぎるように思うんです」

「へえ、結構人を見てるんだな。お前さ、これまで苦労してきたんだろ」

 店主の言葉に、ニーナは一瞬俯いたが、すぐに調子を戻して話を再開する。

「……どうでしょうか? そこそこにいろいろありましたからね、これでも」

「まあ、昼の話は冗談でよ、いや、幸せになってほしいのは本音なんだが、出て行きたくなるまで、好きなだけうちにいていいからよ」

「う……ありがとう、ございます。行き倒れ寸前だったあたしを拾ってくれて、働かせてくれてるマスターに、まだまだ恩を返せてないんです! 追い出されるまでがんばって働いて、お客さんを増やしますよー!」

 ニーナと店主は背中合わせで作業をしているが、ニーナが手を止め、袖で目を拭ったのが店主にはわかった。

「へっ……馬鹿野郎、そんなつもりで面倒見てんじゃねえよ」

 ニーナの空元気を見せる姿に、店主は心配しながらも嬉しく微笑むのだった。


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