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★3 小野寺真冬の毒吐

 なにが女子力ゼロだ、このEカップ娘が……!


 無事に小野寺邸から脱出した少女が、自宅を目指し前庭を突っ切るのを窓から見下ろしながら、俺は毒づいた。


 経験上、ああいうのが一番、性質が悪い。



 久しぶりに日本に帰って来て見たら、小野寺邸に知らない女の子がいた。

 一瞬、誰だか分からなかったのだ。

 

 「女の子は生まれながらに、みーんな、詐欺師だよ」とはすぐ下の弟・幸馬の言葉だったかな。

 五年ぶりに会った忍は、男の子みたいだったのが嘘みたいに、女の子になっていた。

 

 もっとも、驚かされた外見ほど、中身は変わっていなかった。


 男っぽいと言うよりも、幼いのだ。

 そのほぼ大人と変わらない成熟した肉体に反して、精神はどうにも子供、子供、している。


 大体、いくら幼い頃から知っているとはいえ、男に自分の胸のサイズを知られても気にしないのは無防備だ。

 と言うか、自己申告だった。


 『胸が重い……邪魔だし、肩がこる』と不平を漏らしてくるのだ。

 つい肩でも揉んでやろうか? と冗談で提案すれば、「本当? やった! 真冬兄さま、さすが! 優しい!」と易々と身を預けてくる。

 それでもって口にするのが「気持ちぃ」だと?

 血が繋がらない大人の男に対するには無自覚すぎるぞ?

 

 俺だって、幼馴染の妹みたいな女の子をどうこうしようとは思わないが、もう少し気を付けるべきだろう。

 無警戒にもほどがある。

 

 俺はそんな忍をとても怖いと思う。


 無防備、無自覚、無警戒。


 いくら腕に覚えがあるとはいえ、危なっかしい。


 そこで思い出すのは元祖、無防備、無自覚、無警戒の、うちの母親だ。

 うちの母親もまた、可愛い顔をして男を惑わすような性質の悪い所があった。

 父に言わせれば、『妖怪』なのだそうだ。



 『妖怪』の仕業に、俺もまた随分、迷惑を受けた。

 

 もっとも古い記憶は幼稚園生の頃だ。

 男性保育士に聞かれた。

 『真冬くんのおばさんは彼氏いるの?』

 

 毎日、俺を迎えに来る女性を、『おば』だと勘違いしていたのだ。

 左手の薬指に結婚指輪をしているにも関わらず、既婚の子持ちだとは思わなかったらしい。

 その保育士が、ついに直接、言い寄るようになってしまったせいで、父が母の送迎を禁止してしまった。

 一緒に通っていた幸馬が「お母様じゃなきゃ嫌だぁ」と毎朝、毎夕、泣くのをなだめるのに、骨が折れた。

 俺だって、幼心に母に来て欲しかったけど、弟の前でそんなみっともないことは言えなかったので我慢していた。

 あの人がもう少し、母親らしい格好をしてくれればいいのに、どう見ても、『小娘』にしか見えなかったのが問題なのだ。

 さすがにずっと下の真雪の頃には、そんなことは……無いと思ったら、あったので、呆れた。

 それが別の園児の保護者だったせいで、相手の家庭の離婚騒動に発展したと聞いた。

 子供を五人も生んで、何やってるんだろう。あの人は。


 小学生の頃もだ。

 新任の教師が、母の連絡先をしつこく聞いてきた。

 手紙を渡して欲しいと言われ、持っていたら父に見つかった。

 結果、その教師は学校からいなくなった。

 父は幼稚園の時を教訓に、こちらが退くよりも、相手側を退ける方が子供たちのために得策だと考えたようだ。

 私学で、たっぷり寄付金をくれる小野寺家からの苦情に、学校側もすぐに動いた。

 実際、生徒の母親に言い寄る教師は、問題がある。

 都心部での再就職は無理だったろう。

 今頃、どうしているやら。


 何も知らない母は「あの先生、辞めちゃったの? 真冬のことを褒めてくれて、優しい、いい先生だったのに、残念ね」と、『俺を』慰めた。

 

 俺はそんな母をとても怖いと思った。


 買い物に行けば、父が俺たちを連れてちょっとの間、たとえば、トイレに行っていた隙などに、知らない男に絡まれる。

 その度に、父と護衛の武熊さんが追い払うのが、もうお約束みたいなものだった。


 本人は「ちゃんと気を付けています!」とむくれるが、どう考えても、無防備、無自覚、無警戒なのだ。

 迷惑だ。ある時期は、一緒に出かけたくなかった。

 多分、父が先々に手を回して、母を守っているせいもあるとは思う。

 そのせいで、母はもう五十歳も目前な上に、図体のデカい息子が五人もいるというのに、十代の少女のようにあどけなく生きている。

 いつまでも『お嬢さま』気質だ。小野寺邸の使用人たちも、『奥さま』ではなく、『お嬢さま』と呼ぶ。

 それが今でもしっくりくるのが怖い。さすがは妻を溺愛する夫からすら『妖怪』と称されるだけある。


 要は父のように、しっかりと自分を守ってくれる人間を手に入れた母の一人勝ちなのだ。

 そうでなかったら、母の人生は波乱に満ちたものになっただろう。

 そして、母に人生を壊される男どもが乱造されたに違いない。


 そこで、だ。

 次世代の無防備、無自覚、無警戒の忍も、なるべく早く、誰かしっかりした男に押し付け……もとい、任せるのがいいと俺は思う。


 今のところはその役目は実の兄たちが請け負っている。

 相当なシスコンの二人は、忍にちょっかいを掛ける男どもを陰でひたすら排除していた。

 そして、妹の前では品行方正な態度を見せている。

 

 そのせいで、男まさりの所もあるかもしれないが、決して悪くない見た目の忍が『自分がもてない』のは『男の子みたいだから』という図式を勝手に作り、『男』という生物の本性に関して無頓着なのだ。

 あ、また一つ、『無』が増えたよ。

 兄たちがそこはかとなく気が付くように雄の部分を見せていれば、忍だって、もう少しは気を付けるんじゃないのかな?

 お年頃の時、うちの弟たちとこっそり大人な動画や写真を見ては、盛り上がっていたのを、俺は知っているぞ。

 

 忍にもっとも近い『男』であろう、うちの弟たちも、『妹』の前ではそんな素振りは決して見せない。

 俺だって、そんなのを知られて、『可愛い妹』に軽蔑されたくない。


 本人はまったく気が付いていないが、忍は小野寺邸の『お姫さま』なのだ。

 かつて住んでいた従姉の『お姫さま』二人は、どちらかと言うと『女王さま』のようで、俺たち男は下僕の如き扱いだった。

 俺だって……うん、まぁ、あんまり思い出したくない。

 『女王さま』たちの実の弟のように一人息子ではなく、四人も弟がいたのは幸いだったな。その手の厄介ごとなら、ほとんど下に押し付けることが出来た。

 真雪は二人の手によって、おもちゃにされ、女の子の恰好をさせられていた。

 

 新しく生まれた『お姫さま』も、守られるよりも守る方が好きなような力強い子だったが、無防備、無自覚、無警戒、無頓着。

 別な意味で怖い。


 俺はもっと普通の、手間がかからない、しっかりと自立していて、尚且つ、気が利く女の子が好みだ。

 

 あんな無意識に男をたぶらかすような言動をする『妖怪』はご遠慮したい。

 父と同じ苦労は背負いたくない。父も年老いてきている。母の世話もしないといけなくなるだろう。

 あんなの二人も面倒見きれないよ。

 かと言って、見捨てるには、忍は面白すぎる。

 馬鹿正直で、喜怒哀楽が激しくて、ちょっとのことでも顔を真っ赤にしたり、真っ青にしたり……見ていて飽きない。からかいがいがある。

 出来れば、近くに置いて遊びたい。長く楽しみたい。

 

 幸いにも、忍はその末の弟の真雪に恋をしてくれた。

 『妖怪』の生贄は決まった。

 『女王さま』の生贄と同じ、真雪だ。

 弟と結ばれてくれれば、あの不安要素満載の『妹』を外に嫁に出さなくて済むし、義理の妹程度の関係なら、俺は責任を取らずに、ただ『可愛がって』愛でる立場で居られる。

 

 が、その素晴らしい未来予想に唯一にして、最大の問題が、相手の真雪である。

 あの末の弟はなぁ。


 思わずため息が出る。


 遅くに生まれた子ども。

 女の子ではなかったが、愛する妻に似た息子を、父は溺愛している。

 俺や次男の幸馬、三男の真人あたりまでは、そこそこ分別を持てる年になっていたので、父の気持ちを理解し、同じように可愛がったが、それまで六年間、末っ子を謳歌していた四男・徳馬は心中複雑だったに違いない。

 真雪が小さい頃「男の」と囃し立てられ、無理矢理木登りや、鬼ごっこの永久鬼にされていたのは、忍だけのせいではない。徳馬が裏で煽っていたからだ。

 あの遊びのグループの中では、本邸の子どもである徳馬が、年とは関係なくリーダーだった。

 幼い心を痛めている四男と、悪気のない五男との間を取り持つのは、当時の俺の至上命題みたいなものだった。

 おかげで、今は取りあえず、矛を収めている。


 母に似て、そんな俺の苦労も、すぐ上の兄の心の機微にも気付かない真雪は、一族の中でも末っ子として、特別扱いをされていた。

 おかげで素直で朗らかで大らかに育った。

 裏を返せば、これまた非常に子供っぽい。


 真雪も忍のことが好きなのは間違いないのだ。

 それも忍が真雪を意識するずっとずっと前から。女の子の恰好をしている時からだ。

 弟は忍のために、あのおっかない『女王さま』たちに反旗を翻し、ズボンを勝ち取った。

 小野寺の男衆で、そんな快挙を上げたのは、後にも先にも、真雪一人だ。


 男の子の恰好をし、『いつか忍以上に、格好いい男になる』ために、涙ぐましい努力をしているのを、俺は知っている。

 しかし、差は縮まるが、追い越せない。

 合気道の大会で優勝した幼馴染を素直に褒められないのもそのせいだろう。

 自分は同じ大会の男子の部に出て、入賞とはいえ、八位だ。

 忍にふさわしい男には、まだなれていない、と思ったのだろう。


 だからって、当の忍に当たらなくても……。

 そういう所が子供なのだ。

 自分の感情を、上手く相手に伝えることが出来ない。

 頑固で意地っ張りなところがある。 


 母親似の紅顔の美少年の中身は意外と残念なものだった。


 だが、いつまでもそのままでは困る。

 

 いい加減、高校二年にもなって、まして、小野寺本家の息子として、真雪にはそろそろ『大人』になってもらわないと困る。

 そして、忍を守ってくれる立派な男子になってもらわないと。俺が楽出来ないじゃないか。

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