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★21 小野寺真冬の暗闇

 その昔、そのお城には、領主と年の離れた弟が仲良く住んでいた。


 ある時、弟は使用人の娘に恋をして、兄である領主に娘との結婚の許しを申し出た。


 しかし、兄は弟が連れてきた娘に横恋慕をしてしまい、結婚を許さないばかりか、弟を自らの手で殺めてしまった。

 そうして強引に娘を自分の物をしようとしたが、結婚式を目前に、娘は恋人の後を追った。



 その城に迷い込んだものは、今世で結婚を許されなかった二人の霊に出会うと言う。

 二人は悪さをするために、人前に出てくるのではなかった。


 自ら愛する者を殺め、後悔と得られなかった愛への憎しみの狭間で苦しみ、悪鬼と化した領主から、迷い込んだものを守る為だ。



 ―――君は二人の恋人の幽霊の導きによって、この城から無事に抜け出せるか!?

 ―――悪鬼となった領主を倒し、報われなかった恋人たちを解放出来るか!?



 と、言うのが、今年のこのお化け屋敷のコンセプトらしい。

 陳腐だな。

 恋人たちのイベントと『お化け屋敷』をコラボさせようとした結果だ。


 お化け屋敷で怖がる女の子に対して、男が頼りがいがある所を見せ、恋愛を発展させようとしている。

 おまけに悲恋の恋人たちというロマンチックな要素も加えているが、うちの母親並に浅はかな作戦だとしか思えない。


 女の子たちは意気揚々と『女子だけのグループ』でお化け屋敷に入っていく。

 あれなら、一目惚れした娘を誑かす努力もせず、簡単に弟を排除するという短絡的な行動に走った愚かな領主の悪鬼など、ひとたまりもなさそうだ。

 

 こんなのに、ここまでビビる女の子なんて、忍くらいだ。


 

「嫌だ! 真冬兄さま助けて!!!」


 弟四人の囲みから抜け出し、忍が俺の腕に縋り付いてきた。

 どこが男勝りの女子力ゼロだ。

 俺は激しく異論を唱えたい。

 男どもを払いのけ、これ見よがしに、たった一人を頼った挙句、腕に押し付けてくる胸の感触と涙目の上目遣いなんて、上級者のすることだ。


 この子は、なんで俺にそこまで頼るんだろうか。あんなことをされたと言うのに。

 馬鹿なのか? 

 それともわざと?

 俺はこの子に騙されているのか?

 純真可憐そうに見せかけて、実は計算高い小悪魔で、俺と真雪を天秤にかけているのか?


「忍はいつもそうやって真冬兄さんに助けてもらおうとするんだから」


 徳馬が面白くなさそうに言った。


 そうだった。この子は、いつも兄や、うちの弟たちの過剰なまでの愛情の裏返しの意地悪に、困らされていた。

 俺が日本にいる時は、これ幸いと助けを求めにきたものだ。

 


 ―――ただの小さい頃の癖か。


 怖い。お化け屋敷なんかよりも、忍のその無防備、無意識、無警戒、無頓着の方がよほど怖い。

 そして、とても残念だ。


 ガッカリさせられたお詫びに、忍にはやはりお化け屋敷に挑戦してもらおう。


「円、真。忍と一緒に行ってやってくれないか?」


 それは頼みのようでいて、命令だった。

 

 忍の親友と並んでお化け屋敷に入りたがっていた武熊家の長男が、俺の声に応えて素早く動いた。

 それに続いて真も。


 兄たちはガッシリと妹の両脇を捕まえた。

 実の兄妹だからこそ許される接触だ。

 

 あの兄たちはよく、あんな忍と同じ屋根の下に住んでいて、何も思わないものだ。

 血の繋がりがあれば、惑わされることはないのだろうか。

 

「いーやー!」


 入る前から絶叫の忍に恥ずかしそうにしながらも強引に連れて行かれる。


 それを追って、四人の弟たちも続く。

 当てが外れた真雪は不服そうだ。ざまぁみろ。

 お化け屋敷に入って、忍といちゃつこうなんて、百年早いんだよ。


「ご一緒してもよろしいですか?」


 下の方から声がした。

 見れば忍の親友という女の子だった。

 まったく、うちの弟たちは気が利かない。忍にしか目がいかないのか?


「勿論ですよ……えーっと……星元さん」


「留奈で結構ですよ」


「留奈さん。どうぞ」


「いえ、結構です」


 手を差し出したが、断られた。

 本人としても、仕方が無く俺と行動を共にするらしい。




「なんかこのお城のお話、どこかで聞いたことがありますね?」


「そう? なにかのおとぎ話が下敷きなのかな」


 脇や上から様々な仕掛けが繰り出される中を、平然と進む。

 前方からは忍の絶え間ない叫び声が聞こえてきた。

 

 あんなに怖がって、今日、一人でトイレに行けるんだろうか?

 夜の闇を縫って、俺の部屋に遊びに来てくれるだろうか?



 ―――しまった……忍と出入り口で待っていれば良かった。

 その間、こっそりもう一回、あのジェットコースターに乗ってもいい。

 なんだか『馬鹿』と叫ばれた気もするけど、それはそれで面白かった。


「このお化け屋敷、何分かかるんだっけ?」


「四十五分ですね」


「長いね」


「そうですね」


 そうか……四十五分も忍を独り占め出来たのか。

 

「あの、真冬さんは忍のこと、どう思っているんですか?」


 縋り付いてくるお化け役を手で追い払って、彼女は探るように聞いた。

 この子は、本当に忍の友達のイメージではない。

 男に対しての警戒心は高いし、周りをよく観察している。

 俺とお化け屋敷に入ったのも、計算だったようだ。


「どうって?」


 さも思いもかけないことを聞かれた風を装った。


「どうって……女の子として」


「可愛いと思うよ。最近、とみに可愛くなったよね。

恋をしているからかな―――真雪に」


 夏に入ってから、忍の話題の中に真雪の名前が消えた。

 七緒の言う通り、忍は恋愛入門を済ませたようだ。

 残念ながら末の弟は、お見限りらしい。

 現金なものだ、とは思わない。

 真雪のやり方は拙かった。もっと素直に忍に好きだとアプローチすべきだったのだ。

 「新しいモデルガンを買う」と嘘をついて俺からせびったお金で買ったチケットを易々と手放すべきではなかった。

 午前中、兄たちが気を遣って、忍と二人っきりにしてあげたというのに、なんの進展もなかったようだ。

 

 俺と二人で行きたいと言った忍を差し出したんだ。

 俺はいい兄貴だ。忍の友人の非難は的外れだ、


「ですね。そうですよ。忍は真雪が好きなんですから。邪魔しないで下さい」


「邪魔なんてしているつもりはないんだけど。そう見えたら申し訳ない。

忍は俺たちにとっても唯一の『妹』だからね。つい過保護になっているようだ。

気を付けるよ」


 自分ではとても胡散臭いと思う笑顔を向けた。

 今まで、上手く周りを騙してきたと言うのに、最近どうも調子が狂っている。

 こんな小娘にまで、嗅ぎつけられるなんて。


 

 『お化け屋敷』のルートは、お城の中の領主の部屋に行きついた。


 部屋中に不気味な泣き声とも、脅しともつかない声が響いていた。


「この問題を解かないと、真のルートには行けないみたいですね」


 このアトラクションは、ただ単に『悲恋の恋人たち』に助けられ、城を脱出するルートと、さらに踏み込んで、領主を倒し、永遠の苦しみを解放するルートがある。

 真なるルートを最後まで進んだ『カップル』には、記念品が贈られるらしい。


「分かりますか?」


「ああ」


 簡単な暗号だった。

 俺はそれが示す通り、部屋の角を押すと、新たな道が現れた。


 そこには領主を倒すための銀の剣があった。

 それを抜くにも問題があったが、難なく解けた。


 さらに進むと、領主と対決出来るステージに行けるらしい。


 面倒くさいな。


 忍の声が聞こえなくなっていた。

 他の客の声もだ。


 もしかすると、このルートに進める人間は少ないらしい。


「さすが小野寺家のご長男は違いますね」


 明らかに嫌味口調で言われた。


 好きで長男に生まれた訳じゃないよ。

 と、言っても仕方が無いけど。


 最近、特に息苦しいく感じるようになってきてしまった。

 それは研究が上手くいかないこととか、結婚を押し付けられそうなこととか、よくある悩みだった。

 贅沢なのだと自分でも分かっている。


 両親は限りなく五人兄弟に愛情を注いで育ててくれたし、弟たちは兄を立ててくれている。

 何が不満なのか分からない。


 ただ―――なにかが歪んでいる。

 小さい頃に掛け違えたボタンが、ここに来て、大きく俺を歪ませている。


 弟の想い人に手を出してしまうほどに。

 卑怯者だ。

 忍の、おそらく初めてのキスを無断で奪った。

 子ども騙しの、キスとも言えないキスだったのに、それだけで、俺は、もう十分だと満足したほどだ。

 あの純真無垢な悪魔の魂に、僅かな傷をつけてやった。

 暗い喜びが、俺を支配した。

 忍を嬲ることで、自分の精神の均衡を取ろうとしているとしか思えない。



 

 あの子に悪いと思わないのか? 弟に、あの子を譲ってあげればいいのに―――。




 それが自分の心の中の声なのか、はたまた『領主』の声なのか、判別がつかなかった。


 


 アトラクションの一番奥の部屋に、そのイベントは待っていた。

 領主の映像と戦うのだ。

 別に難しいことはなかった。

 ただ剣をふるえばいいだけだ。


 これは『お化け屋敷』なのか? と疑問を持ちながらも淡々と済ませて、やっとのことで外に出ると、スタッフに出迎えられた。

 

 なぜか俺と忍の友人が『最高のカップル』として賞されるらしい。

 

 お断りだ。


 忍の友人も同じ気持ちらしいが、強引に写真撮影や記念品贈呈式などに付き合わされた。

 その写真を園内に飾る、となって、ようやく、それまで辛抱していた忍の友人が声を上げた。


「困ります」


 彼女は有名なフュギュアスケート選手なのだった。

 『男』と遊園地で遊んでいたなんて証拠を残したくはないはずだ。


 円が進み出て、スタッフの中でも責任者クラスの人と話をつけてくれた。

 すっかり恋に溺れているように見えて、武熊円は出来る男なのだ。


「ありがとうございます」


 初めて、忍の友人から屈託の無い笑顔を見せられて、円は有頂天になった。

 あの兄妹は単純すぎる。やや不安になる護衛だな。


 妹の方は、と見ると、無理矢理、大嫌いなお化け屋敷に連れて行かれ、たっぷり怖がらせられたのだろう、涙目で、俺を睨んでいた。

 

 これは嫌われたかな。

 

 目が合うと、そっぽを向かれた。

 その頬に涙が伝った。


 そんなに嫌だったのか、とさすがに焦って宥めようと近づいたら、逃げて行ってしまった。


「真冬兄さん! 領主との最終決戦ってどんなだったの?

あれ、一日に一人か二人しか挑戦できない、レアなイベントなのに」


 忍を追いかけようとしたら、徳馬に話しかけられた。

 代わりに真雪が走って行った。

 それが一番正しいこのグループのあり方だ。

 足止めしてくれた徳馬に感謝する。

 

 俺は少し、忍に惑わされすぎている。


「特に面白くはなかったいけど」


「なんだよ、それー。

だったら代わってくれれば良かったのに。

俺だって、側で忍がギャーギャー喚かなかったら、あんな問題くらい解けたのに」


「それはどうかな」


「なんだよ、真人兄さん! 俺、ああいうの得意なんだからな!」


 三男と四男が言い争い、次男が忍の友人と話している中、武熊家の次男が俺に近寄って来た。


「忍を探しに行きます。

真雪さまだけにお任せするのは、申し訳ないので」


「俺も手伝うよ」


「―――いいえ、真冬さまにお手数をおかけする訳にはいきませんし……それに……」


「それに?」


「いえ! では、行ってきます!」


 シスコン武熊真が、何かを嗅ぎつけたらしい。

 これはいよいよいけない。


 忍との関係を清算しないと。





 それなのに、忍は俺の部屋にやって来る。

 いつ買ったのだろうか、ジェットコースターの写真を手に持って。

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