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☆1 武熊忍の自己紹介

 小さい頃は男の子になりかった。


 上に兄が二人いるのだ。

 年の少し離れた私が、一緒に遊ぶとなれば、女の子らしさなど微塵もあってもならなかった。

 小学生くらいの男の子たちは、幼い弟妹が自分たちの遊びに加わるのは邪魔で、足手まといとしか思っていなかったに違いない。

 兄たちに邪険にされないために、私は必死だった。

 彼らを追い、野を駆けずり回り、木の上にも登り、池にも入った。

 

 毎日、泥まみれになって帰ってくる娘を、両親は咎めるどころか、「大変元気が良い」と誉めてくれた。

 おかげですっかり調子に乗った私の男っぷり度は、最高潮に達した。


 なぜ、両親がこんなにもお転婆な娘を好んだのか。

 それは我が家の家業に理由があった。

 

 うちにはお仕えする家がある。

 数多の企業を率いる、一大企業グループのトップ・小野寺家。

 彼らを武勇の面で守り、お支えするのが、その本邸、及び身辺を警備する私の生まれた武熊家なのである。

 

 子どもの頃の遊び場は田舎の大自然ではなく、都会の中に設けられた小野寺家の庭園だった。

 小さい子どもには、無限に続く野であり、森林だった。

 長じて見ても、小野寺邸は広大なことに変わりはなかった。

 野は野で、森は森だった。


 それほどの豪邸を、仕事の性格上、住み込みで働いていた両親の下に生まれた私たち兄弟は、なんの疑問も持たずに自分の家として育った。


 住んでいる場所としては間違いではない。

 しかし、勿論、小野寺邸は『私たちの家』ではない。

 幼い頃より兄弟のようにして育った、小野寺五兄弟の家である。


 小野寺五兄弟とは―――

 

 長男、真冬まふゆ

 次男、幸馬ゆきま

 三男、真人まひと

 四男、徳馬とくま

 五男、真雪まゆき

 

 女の子が欲しかったらしい小野寺の主人夫婦が粘ったものの、五人とも男の子という結果に終わった、見事なまでの男兄弟のことである。

 上四人は父親に似て、『クマ』を彷彿とさせる風体だった。

 とにかくデカい、ゴツイ、強面、なのである。

 広い小野寺邸でなければ、父親も含めてこの面子が寄り集まったら、さぞかしむさくるしく、狭苦しく感じるに違いない。

 しかし、私と同い年の末の真雪は、母親に似て、とても綺麗な顔に生まれ落ちた。

 小さい頃は女の子によく間違われた。

 私も、気が付くまで女の子だと思って接していたくらいだ。

 白い肌、大きな瞳、愛くるしい頬、サラサラの髪の毛、フリフリの洋服……は、決して小野寺のご主人さまが女の子欲しさに、そんな恰好をさせた訳では無い。

 同じく小野寺邸に住んでいた、分家の次男夫婦の双子の娘さんが面白がって、自分たちのお古を着せて遊んでいたのだ。

 それがまたよく似合った。

 私が男の子で、真雪が女の子と言っても、誰も疑わなかった。

 愛称も「まゆ」でどっちとも取れる名前だったし。


 そういう私も、名をしのぶという。

 武熊忍たけくましのぶ


 十七歳になった今、真雪はさすがに女の子に間違われなくなったが、順調に美少年に育った。

 一方の私は……未だに男の子が抜けていない。

 背は高いし、髪の毛も短いし、服も兄のおさがりのジャージなんかを好んで着ているからだ。

  

 けれども、最近、悩んでいることがある。


 それが、『恋』である。

 まさか自分の身にそんなことが起きるとは、ほんのつい最近まで、思ってもみなかったことだった。

 しかし、私は恋をした。


 幼馴染の綺麗な男の子に、私は恋をしているのだ。





「でも、真雪は私のこと苦手だと思う。。

女の子だと思っていた真雪が男の子だと分かって、なんてなよなよした男の子なの! 鍛えてあげる! って、同い年なのにお姉さんぶって、結構、ひどいことをしたから。

うちの犬をけしかけたり、木登りをしろと命令したり……出来ないって泣く真雪を『情けない、男の子でしょう!』と罵ったり……」


 乱暴者だったとはいえ、主家の息子によくぞそこまでしたものだ。

 思い出しては、奇声を上げて枕に突っ伏す毎日だ。


 兄たちにするように同じく「待ってよー、忍ちゃん!」と泣きべそをかきながらも付いてきた真雪を、今は私が追いかけている。

 

 とてつもない美少年に育った真雪は、当然、他の女の子にも人気がある。

 顔が素晴らしいだけでなく、小野寺家の血を引いて、体格が良く、性格も優しく男らしい。頭脳明晰だし、スポーツだってお手の物だ。おまけにピアノまで弾く。

 完璧超人すぎる。そんな男の子が側に居て憧れない女子はいない。


「もっと優しくしてあげてれば、とも思ったけど、そんなので彼女になれるはずはないわよね……」


 そして、現実は単なる使用人の娘、よくて幼馴染だ。それも、従姉たちに女装を強要され、私にはいじめられたという黒歴史を思い出させる存在。


「―――とは言え、親切にしていれば、今みたいなマイナスからのスタートではなかったはず!

他の女の子たちからは、幼馴染で羨ましい! とか言われるけど、それはこっちのセリフだよ。

『あなたたちはゼロからのスタートだけど、少なくともマイナスじゃない』ってね」




「そうかなぁ? 真雪は忍のことが好きだと思うよ」




「―――す、好き!? どこが!? 真冬兄さまの目って節穴!」


「俺の目は節穴かい?」


 目の前で小野寺家の長男が苦笑していた。

 しまった。

 主家の跡取り息子になんてことを……!


「ごめんなさい。そう見えますか?」


「ああ」


 自分の恋の相談をするのに、相手の長兄が相応しいのかどうか、分からないが、真冬兄さまは頼りになって優しい。

 それは絶対だ。


 真冬兄さまとは十二歳も年の差がある。

 次男の幸馬兄さまとは十一歳差で、三男の真人兄さまは九歳差である。

 なので、このあたりの『兄さま』たちとは件のような遊び方はしていなかった。

 私から見れば、この三人は自分が生まれた時からすでに『大人』として存在しており、『兄』として親しくしてくれた存在なのだ。


 小野寺五兄弟の中では、六歳差の四男・徳馬兄さまと、同い年の真雪が、私たち武熊三兄妹の遊び相手だ。

 いや、私たちが主家の子弟の遊び相手として選ばれたのか。

 そうして私たちは、自然と主従関係を強固としていった。


 大企業を継ぐ跡継ぎとして、高校からアメリカに留学していた真冬兄さまは、たまにしか日本に帰ってこなかったけど、長期休暇で滞在中は歳下組と武熊家の兄妹が喧嘩すれば、やんわり仲裁に入り、勉強を教えてくれ、何くれとなくお世話してくれたたものだ。


 それに一応、真冬兄さまだけは、私を『女の子』だと認識して、そのように扱ってくれていた。

 男の子になりたかった私は、それに対して、いちいち反発しては、困らせていたけど。


 それが大学を優秀な成績で卒業し、修士号を得てから在米企業で五年、武者修行し終えて帰ってみれば、かつて泥まみれの傷だらけだった男勝りの女に、こんな乙女な悩みを相談されるとは、真冬兄さまが苦笑したくなる気持ちも分かる。

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