Timer Set
この作品は、SEAMOの「Timer Set」という曲を参考に作られたものです。
何もない暗闇の中、僕達は出会い、語り、愛を育み、そして朽ちた。
再び寄り添うことを願いながら。
僕は存在しなかった。
崩落寸前の崖のそば、土砂を飲み込む川の中、どんな所を通っても何も感じない。僕はただ移動を続けた。
目的は許嫁を探す。それだけだ。
しかし、終焉は突然訪れる。何も感じなかった僕は、空の隙間に吸い込まれるのを感じた。
その時代、許嫁はいなかった。
僕は黒猫だった。
灼熱の太陽の下、砂の舞う貧相な村を僕は進んだ。時に虫を食し、時に血をも啜った。
目的は許嫁を探す。それだけだ。
しかし、終焉は突然訪れる。痩せ細った僕を拾ったのは、彼女ではなく、僕より遥かに痩せている少年。彼女のものと似た、温かくも塩辛い水を彼は流した。僕はそれに濡れながら、彼の中に消えた。
その時代、許嫁はいなかった。
僕は鴉だった。
朝日に映える、夕闇に溶け込む黒影を持ち、僕は大空を舞った。
目的は許嫁を探す。それだけだ。
そして、好機は突然訪れる。空より遥かに小さく、騒音と人間が溢れる街。その中の一つの家に、僕は見覚えのある顔を見つけた。確信を欲して、窓際のその人のもとへ飛ぶ。
――君が、君が僕の許嫁?
僕に目をやったその人は、咄嗟に悲鳴をあげて自分の巣の中に帰ってしまった。
――ああ、やだやだ。鴉だなんて気持ち悪い。
微かに聞こえた呟きに、僕は確信し、翼を広げた。
その瞬間、僕の翼は崩されてしまった。塀で優雅に昼寝をしていた猫に噛みつかれたのだ。均衡を失った僕はコンクリートに落ちた。灰色の上の黒影は、鉄の塊によって赤く染められることとなった。
その時代、許嫁はいなかった。
姿形が変わっても、僕の目的が揺るぐことは一度として無かった。それこそ、何年も、何十年も、何世紀も。僕は彼女を愛し、探し続けた。
回数を重ねるごとに、彼女に似た人物を見かけるようになっていた。が、所詮は他人の空似。内側に彼女は存在しなかった。
幾度となく繰り返した消滅。慣れすら覚えるその中で、僕は誰かに懇願した。
もし「ウンメイのアカイイト」とやらが本当に存在するのなら。
どうか、どうか、
もう一端を持つ者の前に現れることを
許してください
僕は存在しなかった。
立ち並ぶ高層ビル、忙しなく行き交う人々、自動車。かつて空から舞い降りようとした街を、僕は進んだ。
何も感じないコレは、二度目だ。初めて許嫁を探しに、この世界にやって来た時代以来のこと。動物の姿というのは多く体験したが、この姿と人間にはなれなかった――と、珍しく、そんな考え事をしていた。
が、僕の目的は許嫁を探す。それだけだ。
あの時代で見かけることなどなかった、人間。やはり僕は、彼らに触れることすら不可能だった。向こうも僕の存在を認識出来ないようだ。そういう関係だった。
――痛っ。
すぐ傍で女性の声が聞こえた。女性というよりは、幼い少女の声。この人混みだ、声が聞こえても不思議ではない。だが、僕は振り返らずにいられなかった。
愛おしい、あの声のような、気がして。
目が、逢った。
小さなその瞳が、真っ直ぐこちらを見ていた。
何故僕が見えるの。何故僕に触れられるの。
いや、違う。
見 つ け た 。
どのくらい硬直していたのか。そもそも、あの時、時間は流れていたのか。
突然、彼女が、ふっ、と微笑んだ。僕もつられて笑う。そして彼女は、何事も無かったかのように何処かへ向かった。きっと親の所だろう。すれ違う時に触れるはずだった手の平は、すっと僕を通り抜けた。
――覚悟していた、終焉が訪れる。空の隙間に吸い込まれていく僕。
消えゆく瞬間、あの笑顔が僕の中で弾けるのがわかった。
この時代、僕の許嫁はいた。
次に会う時、彼女は一体、どんな反応を見せてくれるのだろうか。突然現れた僕に驚くのか、それとも、あの一瞬を思い出してくれるのか。
僕はきっと、涙目に違いないが、それも許して欲しい。何故ならずっと、ずっと彼女だけを求めて、旅を続けてきたのだから。
もうすぐ迎えに行くから、少し未来で待ってて。
何年、何月、何日、何秒。
逢えるように、タイマーをセット――
――ハロー、やっと会えたね。
何世紀も前から愛してるよ。
Fin