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常陸小田氏の乱 難台山城の決戦

 常陸岩()()男体山城。

 男体山といっても筑波山のそれとは別の山である。難台山とも書く。(紛らわしいので以下、難台山に統一する)

 若犬丸は最初、山を混同し混乱した。

「詳しく言っていなかったな。小田が宮方として戦っていたころの名残りさ」

 筑波山の東北、直高の本拠岩間にそびえる、山勢険悪、道路詰曲、まさに天然の要害である。


 直高は筑波山に向かうと見せかけて郎等を引き連れ、この山に登った。

 鎌倉方も程なくこれを探知し、寄せ手を差し向けたが、難攻不落の山城を容易に落とすことはままならず、中腹にあるという城の辺りを見上げるだけで月日が流れた。


 年が明け、難台山に春が訪れると、城館近くの斜面にすずらんが一斉に花開いた。

 山籠もりの始め、小さな城館に兵らは収まりきれず、自らの手で仮屋を建てた。木を伐り材とし、下草を刈り屋根に葺いた。木を(ことごと)く伐り倒しては土砂崩れの原因(もと)となる。程良く間伐した土地の表面に()が入り、生え競う雑草も取り除かれ、適度な環境を得たすずらんは、天恵に浴すとばかり花をつけた。

 直高も突如現れたすずらんの群生に驚く。

「こんなところに花畑ができようとは、親父が見たら一首ひねるところだな」


 (てのひら)ほどの二枚の葉が抱き合い、その合間から小さな壺型の花が列を連ね、うつむき加減に顔を出す。一面に拡がる白く可憐な花々が風に揺れると、鈴の音が一斉に鳴り響くような錯覚を呼んだ。

「大地は我らに粋な贈り物を与えてくれたな」

 いつ果てるとも知れぬ籠城に戦士の心を和ませる。

「だが、気をつけろ。かほどかわいげのある花だが、毒草だ」

 使い方によっては心臓の妙薬ともなるが、誤って口にすれば中毒を引き起こす。

「見かけによらず、な」

 直高は若犬丸を見てにやりと笑った。そのにやりに、

「はい。美しい女性には毒も棘もあると言いますからね」

 と若犬丸は返す。直高の物言いには慣れた。だが、最近いささか慣れすぎの感があって、若犬丸は誤解した。

 直高は一瞬当惑の表情を見せたあと、すぐに弟分の誤りに気付いたが、それを指摘せず意味ありげに言った。

「ほう、そのような言葉が出るところをみると、美女の毒だが棘だかに(あた)ったことがあるのか。いつの間にやら、隅に置けぬな」

 そばに侍っていた兵次も「私の知らぬ間に?」と驚いた顔をしたので、

「ちっ違いますっ。誤解ですっ。だいたい、こんな男ばっかりの所帯で、いつ女性など・・・・・・」

 慌てて弁解する若犬丸。

 ただ、心の中で、

 ――毒も棘もある美女に心当たりがないでもないけど。

 月夜に現れる女妖を思い浮かべた。


 籠城戦の辛苦は食糧の確保に左右されるが、直高は地の利を活かして鎌倉方の目を盗み、山向こうの真壁から糧道を確保していた。常に警戒を怠ることは許されぬが、このころはまだ花を愛でる余裕があった。このころまでは。


 小田城戦以降、京や鎌倉では、恵尊らを救おうと多くの人間が奔走していた。

その一人に義堂周信がいた。(彼はいつだって誰かの取りなしに奔走している)

 嫡男治朝は下野の大名、那須越後守に預けられ、恵尊と他の子息らは鎌倉方の監視のもとに裁定を待つ身である。


 京の義満を相手に、かつての氏満の養育者は、

「所領は()(かく)として、一族の命だけは・・・・・・」

 小田恵尊を罰するには惜しい人物だと説く。

 周信は東西の公方から深い帰依を受け、働きかけは周到だった。彼の政治工作は成功するかに思えた。

 

 しかし政治が決着を付ける前に、難台山の戦況が動いた。

 籠城者たちの命を繋ぐ糧道が、敵方に発見され、城外の協力者が捕らえられたのだ。当然、日々の(かて)は途絶え、三百名の兵どもは日ごとに衰弱していった。

 飲まず食わずで持ちこたえられる日数(ひかず)などたかが知れている。

 ――決戦の覚悟を。

 城方の悲壮な決意はそのまま城外に伝わったか、難台山はにわかに緊張に包まれた。


 人々の気に山が感応したわけではあるまい。

 だが、嘉慶元年(一三八八)五月十七日、難台山は深い霧に覆われていた。

 長期の籠城に付き合わされ、ただでさえ疲労が積み重なっていた鎌倉方の陣所では、武将らがじっとりと濡れる鎧の重みに辟易していた。斥候の報告では、鹿(しし)(がき)の木戸が破れて修理の途中だという。この霧に紛れて、破れ目から侵入すれば数ではこちらが遥かに優勢なのだ。しかも城の兵は食糧不足で弱り切っている。

 勝機はある。

「だが待てよ。お城大事のこの時期に、城郭の一部が破れているというのは何かの罠か」

「いや、疑っていては切りがない。この期を逃していつ戦うというのだ!」

「その通りだ!」

「すでに我が軍の戦意の消耗も甚だしいによって」


 評定の意見も尽き、ついに出陣の決定がなされる。だが通常の戦闘における華々しさはない。

 翌払暁、敵の待ち伏せを警戒し、そろりそろりと息をひそめるようにして山腹の城砦に近づく。

 急峻な山の傾斜に、屈強な兵らも息が上がる。屏風のような山容、という表現があるがまさにそれである。馬など全く役に立たない。湿気に抜かる斜面に足をすべらし、転げ落ちる人馬があった。鎧武者はその鎧を脱ぎ、従者に預ける。


 深い霧。

 眼前の人の顔さえ覚束ない。

 さらに霧が隠すのは目に見えるものだけではなかった。

 物音をさえぎる帳となり、互いの気配を殺した。


 鎌倉方の先手に鹿垣木戸の破れ目を見つけることはできなかった。手探りで這うようにして右か左かと探し回る。ふと前方に影が現れた。

――おや、先鋒の我らより先に?

 そして気付いた。その影は城方の兵。彼らは霧に紛れていつの間にか城内に入っていたのだ。


 小田勢も寄せ手の侵入にようやく気付いた。

「敵襲だ!」

「皆の者、かかれ!」

 戦端はなし崩しに開かれた。

 やけっぱちのように打ち鳴らされる陣太鼓や法螺貝の音。

 難台山の戦いはこのようにして始まったのである。


 鹿垣木戸の破れ目というが、これは敵を誘き寄せるための戦略だったのか? 籠城戦で敵を城内に入れるということは常識では考えられない。しかし、城郭の破損箇所を修理もせず、放置していた事実も常識ではありえない。ただの偶然か(はかりごと)があったのか。(腹が空きすぎて、木戸の修理まで手が廻らなかった、という理由が一番納得いくが)

 鎌倉方はめったやたらに太刀を振り回し、城兵を追い回した。もはや陣取りも何もあったものではない。

 さらに霧が混乱を招く。

 同士討ちに倒れる者は数知れず。

 一方の城方は、空腹に戦う気力も薄れ、へたり込んでいる。

 だが、一部の先鋭たちはあきらめなかった。

「皆の者っ、殿をお守りしろっ」

 馬廻りの彼らには十分な食糧が提供され、体力が残されていた。

 太刀を振り回す若犬丸へも、

「『食べさせてない』なんて思われたくないからな」

 直高がいつかの戯れ言を口にし、自身の食事を欠いてでも舎弟に分け与えたのである。

「五郎殿、どこにおられる!」

 霧の中、若犬丸が大声で呼ばわる。

「てやぁぁぁぁ」

「えぇぃぃぃぃ」

 兵どものおめき声、わめき声。鋼と鋼が打ち合う音。

 それも霧に吸われ、遠くに聞こえる。

 耳の遠近感を奪われ、しかも目の前は白い闇。

 何も見えず、

「味方打ちになるなぁっ。声をかけ合え!」

 その声も届いたかどうか。

 渦を巻く白煙がどうにか人々の動きを知らせるくらいであった。

「おぉ・・・・・・」

 色も音も掻き消し、全てを無に還そうかという霧の威力。

 虚無の中から敵兵が現れては斬り捨て、斬り捨てては現れるのくり返し。

 無間(むげん)地獄―――

 そんな言葉が頭の中でひらめき、若犬丸に震えが走った。


「五郎殿っ」

 無意識のうちに、この世で最も信頼を寄せる男の名を呼び、その己れの声に、はっと我に返った。

「五郎殿、五郎殿はいずこかっ」

 館の中に駆け上がり、声を限りに叫ぶと、徐々に身体の内側から力が湧いて、先ほどまでの恐怖が振り払われる。

「俺はここだ。若犬殿っ」

 霧の中から直高が現れた。

「この霧は使いようによっては我らに利するものです。さぁ、霧の帳に隠れて、この城を落ち延びましょう」

 意気込む彼に、しかし直高は頬に笑みを浮かべながら、

「落ち伸びるのは、そなただけでいい」

 彼は目を見開く若犬丸へ、「そなたは生き延びよ。死ぬのは俺だけだ」

 重ねて言った。

「五郎殿、なぜ・・・・・」

 取りすがる舎弟を引きはがすようにして、

「聞け、若犬丸」

 直高は命じた。

「この戦さでは誰かが死なねばならぬのだ。小田家のうちの誰かが。鎌倉殿に楯突いて、一族のうち一つでも首を差し出さなければ、収まりがつかぬ。これは我らに限らず合戦ってものがそうなのだと、若犬殿が一番知っているはずだ」

 直高は若犬丸の目を見据えた。


「わかります、わかります。けれど、それがどうして五郎殿でなければならないのですか」

「親父や跡継ぎの長兄ではいかんだろう。残りの兄も親父にとって無くてはならぬ存在だ。だからといって下の弟たちに死ねと言えるか? 俺にはできない」

 小田城の評定で戦いを申し出たとき、直高はすでに覚悟を決めていたのだ。

「正確に言えば、親父が鎌倉殿に捕まったときに、さ。こうなることは予想できたからな」

「もしや、この城に籠もったのも」

 その通りとうなずく。

 人々の視線を兄弟のいる小田の本城から逸らせるために。

「私の命一つで小田の一族が救われるのなら、安いものだろう」

「そんなっ! 鬼高や鬼安はどうするのです。あの子たちはまだ小さい」

「ちびどもは兄たちがいいように取り計らってくれるだろう。・・・・・・兄弟が多いのは良いものだな」

 ふっと目を細めた。

 直高の決意は覆せないと知り、知ってなお若犬丸は目に涙を溜め、直高の肩を叩き、揺さぶった。

「嫌だ! 五郎殿は小山で私が落ちるのを助けてくれた。そのとき言ったではありませんか。この借りは高く付くと。私はまだ何のお返しもしていません」

「あぁ、そうだったな」

 直高は遠い過去に思いを馳せるように目を游がせたが、小山での二人の出会いはほんの二年前に過ぎない。

「たった二年か? 俺はお前を子どものときから知っているような気がするが。まるで兄弟のように―― そうだ、お前はもう俺の弟だ。俺の命で贖える命だ」

 彼の声は静かに過ぎ、それは父の最期と重なった。

 若犬丸は泣きながら、小さな子どもが嫌々をするように首を振る。

「私は、五郎殿とともにここで討ち死にします」

 孤児の自分を弟と呼んでくれた直高。やっと家族と思える存在に巡り会えたのに、ここで手放すことなんてできない。

「お前は自分の命がどれほどのものか知らんのか。小山宗家のたった一人の生き残り。七人兄弟の五男坊、七分の一以下の俺に道連れなどできやしない」

「やめてくださいっ。人の命に七分の一だとか・・・・・・」

「それがあるんだよ。命の重さって奴には」

 直高は両手で若犬丸の肩を掴むと真っ直ぐに目を見て言った。

「俺はお前を救いたい。それで何が悪いんだ」

 これ以上、若犬丸に何が言えただろう。

 しゃくり上げそうになるのをこらえて、直高の目を見たまま一歩退く。

 涙でぐしゃぐしゃになった顔。

「まるで子どもだな」

 ()に若犬丸は子どもに返っていた。父の死以来たった一人で立っていた彼に寄りかかることを許し、支えとなってくれる存在を得て。

 そして、また失おうとして、

「子どもなんかじゃありません・・・・・・」

 言葉どおり若犬丸は、もう一度一人で立とうとした。

「兵次、兵次、どこにいるっ」

 唯一の郎等を大声で呼ぶと、

「はい、ここです」

 何と若犬丸のすぐ足元から声がして、霧の中、板張りの上に這い隠れていた体を起こす。

 ――連れていくのが、この男でないといけないのか。

 溜め息が出た。

 折より霧が晴れかかり、敵兵らが現れる。

「ご覧ください。お目汚しですが」

 無理に口角を上げたので、うまく笑い顔をつくれたかわからない。

 若犬丸は太刀を抜くと、庭先に飛び降り、ざっと構えた。

 揺れる束ね髪。

 二、三の敵と目が合い、

 合った順に、次々と斬り捨てる。

 翻る水干の袖。

「童形の勇姿もこれで見納めか」

 直高は独りごち、

「槍持て、槍!」

 大声で呼ばわり、家来から得物を受け取ると、若犬丸のそばに飛び降る。背中合わせに槍を構え、

「早く行け。霧が晴れたら、敵の目もあざむけぬぞ」

 討ちかかる敵を一息で突く。ぐるりと刃を返して引き抜く。

「さぁ」

「はい。五郎殿」言葉が詰まる。

「御武運を」

 これから死出の旅に向かう直高へ、御武運とは間抜けにもほどがある。だが、若犬丸に他の言葉は思いつかなかった。

 それに比べて、直高の別れの言葉は奮っていた。

「生き延びよ、若犬丸。そして子どもをたくさんつくれよ」

 若犬丸は、泣き笑いの顔をもう一度直高の方へ向けた。

「はい。兄弟は多い方がよろしいですからね」

 それから身を翻し、

「兵次、兵次」

 濡れ縁からテテテと階を下りる従者を一瞥もせず、霧の中へ消えた。

追いかける兵次に敵が襲いかかろうとしたが、直高が一撃のもとに突き殺す。そして、槍を引き抜くこともせず館に入った。

信太(しのだ)、支度はできたか」

 小田城から従っていた執事を呼んだ。

「皆に伝えておけ。誰も俺の追い腹など切るなと。死ぬのは俺だけでたくさんだ」

 そう言いながら、彼は知っていた。

 戦いの終末は血の多きと(たっと)きを欲する。

 ――俺一人の血で足りてほしいものだが・・・・・・

 直高は短刀を手に取ると、信太に言った。

「思う存分戦った。一族も安泰だ。最後に面白い男を弟にできた。これでもう思い残すことはない」

 直高は刃を腹に突き立てると、真一文字に掻き切った。


 難台山の中腹から黒煙が立ちのぼり、館は炎に包まれる。信太が火を放ったのだ。

 炎は白一色だった世界を激変させた。

 霧は熱によって追い払われ、火明かりが煌々と周囲を照らし出す。

 館は燃え盛る炎に音を立てて崩れ、鎌倉方の勝ち鬨、小田方の悲鳴が重なる。

 山腰(さんよう)の若犬丸が振り返るが、それも束の間のこと。前へ向き直し、山を駆け下りる。

 ――また、全てを失った。

 今はただ、己れの運命を呪うことしかできなかった。


 将軍義満自筆の赦免要求が、周信の書を沿えて、氏満の元へ届いたのは昨年中のことである。

 氏満は小田氏の所領の多くを取り上げながら一族の命は保証した。ただし、難台山城にあった者たちを除いて。

 直高が予見していた通り、何人(なにびと)かの血が流されぬ限り、戦いの終局は訪れず。

 追い腹を切るなと命じた主の意に反し、彼を慕って自害した家来は信太を始め、百余名にのぼった。

 火は一昼夜燃え続け、あとには灰だけが残った。


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