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常陸小田氏の乱 小田城決戦

 至徳四年(一三八七)七月十九日。

 上杉朝宗を大将に、鎌倉から軍勢が進行する。

 その一報を聞いたとき、若犬丸は擬視感に囚われた。一年前の祇園城攻め、いや、さらに前、父義政が生きていたころの三度の攻城戦にも似て。


 そして小田城の正面を数千の兵に囲まれるや、ますますその感を強くした。

「一年前と立場が逆になってしまったな。若犬殿にしてみれば見慣れた光景か」

 かたわらで、直高が若犬丸の心を見透かしたように言う。

「だが、小山へは数万の兵が参じたというに、鎌倉殿は発向されず、差をつけられたような」

 氏満は病の床にあり、また昨日まで鎌倉の重臣であった恵尊の変心は、有力武将や領主たちへ戸惑いを覚えさせた。

「鎌倉殿の言いがかりでは?」

「大名が力を付け過ぎるのを怖れてのことか?」

「そういえば―――」

 小山討伐の過去もあり、氏満への不信を抱かせ、大軍を召集することをあきらめたのである。


 若犬丸は、

「小田の皆さま方を巻き込んだのは申し訳ありません」

「いや、巻き込んだのはこっちよ」

 直高はにっと笑い、

「それにしても親父は人を見る目がなかったな」

 信じて使者まで送った相手に裏切られたのだから。


 この城には長男四男を除いた恵尊の子と一族が集結している。

 祇園城と比べればさして広くない敷地に、入りきれぬ郎等は隣接する民家に待機させていたが、防御性の乏しい城がどれほど持ちこたえられるだろうか。


 城外からは人馬のざわめきが遠波のように寄せる。南の桜川と湿地が守ってくれてはいるが、そこへ敵は土を盛り、板を浮かばせ、小田城への包囲網を縮めている。もちろん城方もむざむざ為すがままになっているわけではない。櫓から工兵らを狙い撃ちにしているが、城への進路が完成するのは時間とともに迫っていた。


 孤立無援の小田一族。

 その評定の席に若犬丸も居合わせた。

此度(こたび)は当家の一大事にある。各々(おのおの)方、忌憚のない意見を述べてくれ」

 城主を代行し、二郎治親が切り出したが、言葉を発する者はない。

「早くに降参を申し出れば、当家の疵も小さいと思われる。いかがであろう」

 二郎は満座の人々を見回す。


 ――降参?

 二郎の言葉に、若犬丸は疑問を持った。

 大手むこうから、盾を叩いて、鬨をつくる鎌倉勢。

 だが、それ以上に勇みに勇んだ鬨の声が、城方から挙がっている。

 ――彼らに降参を納得させることができるのだろうか。

 だが、沈黙は承諾とばかり二郎が口を開きかけたとき、

「お待ち下さい。兄上」

 三郎が声を上げた。

「大変言い出しにくいのですが、その、降参する際は、小山の客人の処遇をどうなさられるおつもりですか」

 小山の一言で、人々の視線が一斉に若犬丸へ注がれる。

「ちょっと待ってよ、若犬殿を召し捕って鎌倉に差し出すつもり?」

「それで制裁を軽くしてもらおうって言うの!」

 六郎・七郎が抗議の声を上げる。

『若犬殿は我らの末の弟だからな』

 その言葉どおり若犬丸を庇うのである。

「いや、私は何もそこまでは・・・・・・ ただ小山殿の覚悟のほどをお聞きしたいと」


 覚悟のほど。

 言い逃れの余地のある小田家と違って、若犬丸は鎌倉方と何度も刃を交えた謀反人である。

 そもそも小田と小山の御曹司を同列に扱うのはどうか、

「いっそのこと、若犬丸を誅して、首を鎌倉方に差し出しては」

 と、誰かが言い出しかねない空気であった。


 若犬丸とて、恩ある小田家のためとあれば、首の一つくらい惜しむものではない。

 そう言おうとしたとき、今まで黙っていた五郎直高が口を開いた。

「兄者、追い詰められて義経公を討った泰衡公の末路をお忘れか。その泰衡公を弑した下郎の末路をお忘れか。鎌倉が本気を出せばいくらでも因縁をつけられますよ。それよりも、小山殿は我らの盟友です。命懸けで守ってこそ武将の本懐でしょう」

「そんな武将の本懐といっても」

 二郎の顔は苦い。


「郎等らも戦いたくて腕をうずかせているところです。降参するといって彼らを治めるのも一苦労でしょう」

 直高もまた若犬丸と同じ懸念を持っていた。

「どうせなら、打って出た方が手っ取り早いでしょうね」

 平然と言い放つ直高である。

「て、手っ取り早いって……」

 次郎は、二の句をつげぬ。

 しかし、戦いの中でしか己れの居場所を見つけられず、鬨の声に引き込まれるようにして戦場へ身を投じるのが戦士(もののふ)である。血に逸る獣となった彼らの始末を含めて『引き際』を考えねばならかった。さもなくば後に背信、離反を招き、武将として領主として、彼らを統率することが困難となるからだ。

「それに一矢も報いず降じたとあれば、武士の名折れです。生き残ったとて侮られ、大名の中で我らはものの数にしてもらえぬでしょう。売られた喧嘩は買う。それくらいの気概がなければね。先方もせっかくこの筑波にまでお出で頂いたのに張り合いがないでしょう。まぁ、恥ずかしくない程度に戦って、適当なところで兜を脱ぐ、小山殿にはそのどさくさに逃げて頂き、あとは父上のお知り合いの方にお力添えを受ける、それでどうでしょうか」

 実際、四十年ほど前、この城で南朝の北畠親房を抱えていた小田治久は、ほぼ同様の経過をたどって北朝へ降伏した。

「先代に学べ、と言うことか。幸い、鎌倉殿のお姿も見えぬし、将軍家が腰を上げる気配はないしな」

 小田家と将軍義満は、周信を通じて、氏満などより余程友好な関係を保っている。氏満と義満の力関係を見越し、合戦の『適当なところ』で将軍家の口入れを願う。問題は没収される所領の多寡であるが、それは交渉次第。

「――段々と、決着の輪郭が見えてきたな」

 次兄の言葉に直高はうなずく。

「まぁ、こんな役目、私一人で十分でしょうが」

「おぉ、そなたがやってくれるか」

 五郎の一言で兄たちも決意を固めたようだ。だが、これに六郎・七郎は異を唱える。

「一人でやるって、どういうことだよ」

「俺らにも、お供させろよ」

 五郎に従うと言う。

 若犬丸も、

「私も仲間に入れてください。この一年間、小田家で食べさせて頂いた分は、お返ししますから」

「おぉ、倍返しのな。だが、若犬殿こそ『適当なところ』で、どうにかなってくれよ」

 肩を叩き合い、意志を分かち合う四人。

 そんな彼らを尻目に、二郎、三郎は、

「兄上、合戦はあの者らに委せましょう」

「あぁ、我らは(のち)のことを為さねばならぬからな」

 小田家存続のため、それぞれの役割を担う。


「開門!」

 大手前の攻め手を矢で射払い、城門の木戸が大きく開かれる。

 直高・若犬丸の軍団は、まさに一矢となって飛び出した。

 目の前の桜川の周辺は泥地であるが、彼らはそれをものともしなかった。斬り倒した人馬を足がかりに踏み越えて、敵陣の中心へとなだれ込む。


「槍渡せ、槍!」

 直高が叫ぶと郎等の一人が手にしていた槍を投げ渡す。

 目の前の馬上の敵を切り裂き、泥の上へ落とす。

 脇から飛び出した歩兵を石突きで伸す。

 また目前に一騎。

 敵方が通した進路の上を駆けぬけ、勢いをかって胴に穂先を突き入れる。肉に噛まれる前に、ぐるりと返しながら穂先を引き抜く。死者となった主を乗せたまま馬は泥の中を駆け去った。


 これを見て、若犬丸は目を見張った。実戦での馬上槍術など生まれて初めてみた。いつかの直高の言葉も冗談にしていたが、本人に言わせれば、

「俺は馬の上手、槍の上手、ならば二つをかけ合わせて天下第一の遣い手になろうとな」

 単純なものだ。合戦の作法を全く無視した戦い方。自由気ままな五男坊の彼らしい発想であった。


 若犬丸も負けてはいられない。

「どこだ、若犬丸っ」

 夢中で戦い、弟分を見失っていた直高は、兜の庇に手をかけながら周囲を見渡した。

 だが、探すまでもない。


 薄縹(うすはなだ)の水干に萌葱威しの胴丸。

 束ね髪を風になびかせる若犬丸の童形は戦場で嫌でも目に付いた。殺到する歩兵たちを相手に馬上での戦闘をあきらめ、すでに徒歩立ちとなっていた。泥に足を取られぬよう転がる盾や死体の上を渡り、白刃の壁をものともせず太刀を振るう。

 血飛沫を受け、泥水を蹴散らしながら、敵兵を次々と地獄へ送る若犬丸。

「まるで鬼神だよな」

 そばにいた七郎が言う。

 ――鬼神?

「いや、天女さ」

 と、六郎。

 ――天女?

 彼が太刀を振る度に、(ひるがえ)る上衣の袖、のたうつ括りの緒。

 ――舞い?

 そう、舞いを舞うような美しさ。

 水干の青、鎧の黄緑、血の赤。

 若犬丸は極彩色の蝶であり、その挙動は色彩の乱舞であった。


 ――童形の見せる魔力のせいか。

 この世ならぬ光景に、見る者は畏怖すら覚える。

 ――どちらにしろ、人間業とは思えぬ。

 血を吸って、いよいよ冴え渡る若犬丸の刃。

 弟の、同類の、とした己れを恥じる他ない。

 やがて彼の周辺から円を描くように人が消えていく。

「あれが、小山の若犬丸か!」

「噂通り、強過ぎだぞ!」

 敵方は耐えかね、半町ばかり後方に退いた。


「お前たちも、若犬殿を見習わぬか!」

 直高は六郎・七郎を追い立てる。

「若犬殿!」

 呼ばれて、彼は顔を上げた。ようやく息を付けたところだが、死体を梯子にひょんひょんと跳び進み、直高のもとへ駆けつける。

「凄まじいの一言に尽きるな」

「五郎殿こそ、見事な槍の腕前でした」

 朗らかに微笑む若犬丸。

 その姿は血と泥に汚れ、続く言葉を失った。

 直高の当惑を知らず、なお微笑み続ける若犬丸。

 じっと見て、彼は、

 ――あぁ、そうか。

 掌で彼の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。照れていっそう嬉しげに笑う若犬丸。


 ――誰かに褒めてほしかったのか。

 言葉などいらなかった。先程まで遠退いていた若犬丸の存在が、すぅっと近くへ戻ってきた。

 己れの益体もない畏怖が、勝手に二人の間に、距離をつくっていたのだと気付かされる。

 ――思うより、子どもだったのだな。

 直高の知る由もないが、小山での連戦中、まともな近習は若犬丸が前線で戦うことを喜ばなかった。

 それどころか「あれはだめだ、これはだめだ」と禁じられるばかりであった。

 己れの武勇を五郎のような男に褒められて、若犬丸は素直に嬉しかったのだ。


 直高は、まだでれでれしている若犬丸に太刀を替えさせた。

「よくこれで戦えたものだ」

 次々に襲いかかる敵に、(しのぎ)は削れ、(つば)は割れ、太刀が太刀の体を為さなくなっていた。

「さぁ行くぞぉっ、もう一戦!」

 将兵たちを奮い立たせ、敵の本陣に乗り込もうとした、そのとき、背後で人々の悲鳴と怒号が上がった。

 振り向けば、小田城の大手にまで敵勢が迫っていた。直高と若犬丸らが敵陣の奥深くに入り込んでいるうちに、背後を回り込まれたのである。だが、

 「うかつだったな。俺は大将失格だ。そなたは真似をするなよ」

 この戦況にあって、彼は飄々とのたまう。

 ――もはや、これまで。

 降伏か。

 しかし、直高はそれを選ばなかった。

「戦い足りない奴らは俺に付いて来い!」

 郎等たちをまとめ始める。

「六郎殿たちは?」

「いや、あいつらは置いていく。そなたも、もう十分『適当なところ』だ。奥州なりとも逃げおおせ」

「何を言うのですか! 私はまだ五郎殿に恩を返しきってはいません。いえ、恩などなくとも、私はどこまでも付いて行きます」

 そのために、この小田に残ったのだ。

 すがりつくような若犬丸の視線に、直高の口元に微苦笑が漂った。

「どこへなりともか」

「はい」

 若犬丸の決意は確固たるものとして、 

「よしっ、では、『男体山』を目指すぞ!」

 落日に山の端を染める筑波山を目指し、直高らは馬を駆けさせた。


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