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常陸小田氏の乱 筑波の日々(二)

 年が近いせいもあり若犬丸は小田六郎・七郎とすぐに打ち解けた。

「お前はもう我ら小田兄弟の一人だ」

「末っ子の八郎だ。今日から小田八郎と名乗れ」

 六郎・七郎が笑いながら言うと、

「失礼だぞ。若犬殿は小山宗家の跡取りだ。本来なら四郎殿とお呼びせねばならぬのに」

 たしなめる直高も、その目は笑っている。


 小山宗家と小田宗家は血縁が入りくんでおり、彼らとはまるっきりの他人ではない。

 小田氏の始祖八田知家と寒川尼が姉弟であることは先に述べたが、小山朝政の嫡孫長村の母は、知家の息子で出羽守を務めた中条家長の娘である。この娘は後妻として小山家に嫁ぐが、祖父に似て豪腕だったらしく、夫朝長が早世すると前妻の子長政を常陸下妻に追いやり、我が子長村を嫡子として押し込んでいる。また、どんな手づるか実家の出羽守の職も引き継がせた。

 

 しかし、歴史はくり返すというが。

 長村は最初の妻が亡くなると、後妻に大江広元の孫娘を得た。広元は鎌倉幕府創成期の幕臣であるが、頼朝をして『獅子身中の虫』と言わしめた人物である。この娘も祖父譲りの辣腕を揮い、四郎を名乗っていた先妻の子時村を押し退け、我が子、五郎時長を家督に据えている。

 方や知家の血を引く姑、方や広元の血を引く嫁、このころの小山宗家では互いの実家を背負って、さぞ壮絶な家督争い、及び嫁姑の戦いがあっただろう。


 なお、時村は(いみな)(本名)を時明と改め、国内の藤井に退くと名字の地とし、さらに子孫の一部は奥州菊田庄へ移住している。後年藤井氏と中条氏では、代々交互に出羽守を称しているが、祖母が家督を取り上げられた孫を不憫に思い、実家にかけあったか。また、中条氏としても政治的な意味合い、例えば小山宗家への影響力の保持を考えた故かもしれない。


 近代では、結城基光の娘が小田氏の縁戚佐竹氏に嫁しているが、若犬丸の従姉にあたる。

 もっとも、この程度の縁戚など関東の大名家では通常のことだ。恵尊が若犬丸に肩入れするのは、姻戚の関係からではなく、もっぱら政治的な理由に終始した。


 仲秋を過ぎると、恵尊は孫四郎を連れ、嫡子治(はる)(よし)が在する鎌倉の邸に戻った。御所内の状況を把握し、顕職らを味方に引き入れるためである。


「敢えて、危険な橋を渡る、か。やれやれ、親父も泣きを見る前に、現実の壁に気付いてくれればいいのだが。年がいって(しに)(よく)が出たな」

 直高は軽く言うが、若犬丸は気が気ではない。公方の膝元で謀叛の計画を進めようというのだから。


「若犬殿が心配することではない。いざとなれば泣きつく相手がいるのさ」

 鎌倉公方氏満の師、義堂周信。彼とは和歌を通じて親交があった。

「僧門に入った者同士で仲が良くてな。あぁ、親父が若犬殿の背景にやたら詳しいのは、下野や奥州にもそういった繋がりがあるのさ」

 宗教という表には出ない組織網の裾の広さ、底の深さを知る。


 また恵尊と周信の交誼は格別で、彼が京に去ったあとも手紙のやり取りが続けられているという。

「けれど、その程度の関係で謀叛の取りなしなどできるのでしょうか」

 若犬丸は、公方氏満と周信の絆の強さを知らない。先の敗戦から二月(ふたつき)しか経っておらず、もうしばらく身をひそめようと考えていた若犬丸に、恵尊のやり方は性急に過ぎるように思えた。

「いや、そなたの起こした叛乱から『人心冷めやらぬうちに揺さぶりをかける』という考えなのさ。親父殿は」

 直高は飄々と答える。

 ――自分は慎重に過ぎるのか。

 落城を幾たびも経験した若犬丸は、己れの懸念をどう伝えようか逡巡した。だが、そんな舎弟の顔つきに、

「言いたいことはわかる。だが、あぁいう何でもできる人は他人の意見など聞かないからな」


 俊器を買われ、小田家に迎えられた恵尊は、武将や領主としての統率力は当然、和歌や漢詩などの教養の他、小田流という剣術まで創設した文武両道の豪傑である。

「こうと決めたら梃子(てこ)でもいかぬ。巻き込まれたと思ってあきらめてくれ」

 超然と構える直高に、

 ――五郎殿も、お父上に似て器の大きな、何事にも動じぬ人なのだな。

 と、若犬丸は一目置く。


「まぁ、どっちに転んでもいいように、武芸の鍛錬は怠らぬことだな」

「はい」

「じゃ、狩りにでも行くか」

「はい?」

「武芸の鍛錬、だよ」

 にやりと笑う。

 この余裕というか、緊張感のなさ。

 直高という人物が『何事にも動じない人』ではなく、

 ――何にも考えてない人、じゃないよね。

 少々疑う若犬丸だった。


 若犬丸は直高に筑波山へ狩りに連れ出された。六郎・七郎も一緒である。

「ずるーい。さいきん、おとなばっかり、若犬どのとあそんでるぅ!」

 小さくて狩り遊びに連れて行ってもらえない鬼高たちは口をとがらせた。

「ふふん、くやしかったら、若犬殿と大人の遊びができるくらいに、早く大きくなることだな」

 七郎が意地悪く言う。

「あーん、おにいちゃんをもってかないでー」

 すっかり小田家のいいおもちゃになっている若犬丸であった。


 秋晴れの空にそびえ立つ筑波山は見事なものだ。

 紅葉の錦をまとった姿は雲一つない青空によく映える。頂きを二つ持つ双耳峰。ほとんど高さの変わらぬ東峰を女体山、西峰を男体山と呼ぶ。悩ましげな名付けだが古来より男女の創造神と見立て、縁結びの神として信仰がある。

 鎌倉時代には山麓に律宗の僧が棲みつき、周辺の大地に不殺生界を結んだ。この土地での狩りを禁じたものだが、果たして、信仰は伝えられつつ疎にして漏れる。耕地を荒らす(しし)を退治するためならば許される、飢饉のときであれば許される、土地の所有者であれば許される等々、理由や条件をつけて、そこに住む生活者のために目こぼしの余地が残されるのだ。


 一行の向かった東の裾野は広々とした肥沃な大地で、秋の深まりとともに豊かな実りをもたらした。獲物の鹿やイノシシもまるまると太っているころだ。


 若犬丸は直高と轡を並べて、野を駆けめぐる。

 獲物を追う勢子の声が山々に響く。

 突然、一行の目の前にイノシシが飛び出した。若犬丸は素早く射たが、イノシシは矢を喰らいながら、なお巨体を揺らして突進する。手負いの獣は怒り狂い、人馬に襲いかかろうとした。

 若犬丸が二の矢三の矢を続けざまに射込んでようやく、力尽きたイノシシは、馬の足元にどうと音を立てて倒れた。


「みごとな腕だな。この俺に矢を継ぐ間も与えなかった」

 手にしていた弓矢を持て余すようにして直高は言った。彼も狩りの腕に相当の自信があったようだ。

「いえ、花を持たせて下さいまして、ありがとうございました」

 若犬丸は謙遜したが、内心少しだけ、

 ――先日の相撲の借りは返せましたね。

 意趣返しを果たす。

 弟分の心中を知ってか知らずか、

「さぁ、俺も負けてはいられぬわ」

 直高は馬に鞭を当て駆けだした。


 数日後、多くの獲物を勢子に持たせて彼らは小田城へ帰還した。

 一行の後方では、

「あの二人に任せていたら、全然出番がなかったよ」

「これを知ったら、ちびらが何て言うかな。『おじちゃんたち、狩りあそびにはまだ早かったね』なんて鬼高なら言いそうだよ」

 六郎・七郎が愚痴を言い合う。


 先頭では若犬丸が直高へ礼を述べていた。

「何の、礼を言うのはこちらの方だ。毎日ちびどもや、(せん)には親父の相手をしてくれて」

「ご子息のことはともかく、入道殿の件では私の問題でもありますから。本当に厄介をおかけして」

「親父の『陰謀』だが、あれは半分趣味みたいなもので、若い時分を思い出して血が騒いでいるのだ。あんな構想はこの小田城から出してほしくない。武力以外で、この窮地を乗り越えられないものか―――と、兄者たちは考えている」

 小田家内でも意見は割れているのだ。

「では、五郎殿は?」

「なるようにしかならない、だろ? 親父の懸念も、兄者らの懸念も理解できるからな。あとは鎌倉殿のお心次第でって・・・・・・ あぁ、せっかく日ごろの憂さを晴らしに出かけたのだから、こんな話はよそうか」

 直高は話題を変え、若犬丸の弓の腕を褒めた。

「弓箭については俺が教えることはないな。組み打ちはそなたの成長を待つことにして、帰ったら槍の扱い方を教えようか」

「槍、ですか」

 槍はこの国では南北の動乱期に生まれた新兵器で、発明したのは南朝の忠臣楠木(くすのき)正成(まさしげ)だというが、伝承である。なお、槍に似た武器に矛があり、これも古代から槍と呼ばれることもあり、ややこしい。

 実戦兵器としては、槍に取ってかわられた矛。

 両者の違いは、槍は長柄に(なかご)(刀身の根本の部分)が収まるが、矛はこの(おす)(めす)が逆になる。ただ、茎が長柄に収まるものの中にも、矛と呼ばれるものがあり、これまたややこしい。


「剣術では親父殿には適わない。ならばと思って槍を選んだのだ」

「槍など、軽卒の得物では?」

 その軽卒がつける胴丸を好む若犬丸には言われたくなかったろう。だが、直高は平気な顔で、

「俺の槍は馬上で操作するものだ」

 と、続けた。

 馬上槍術など聞いたこともない。

 若犬丸は本気にしなかった。

「また、ご冗談を」

「言ったな。いつかその威力を存分に見せてやる」

 二人は顔を見合わせて笑った。

 ふと、若犬丸の胸に温かいものが込み上げた。

「兄弟っていいものですね」

 と、言葉に出る。

「私には兄も弟もいないものですから。実を言うと少し前まで鬼高たちをうらやましく思っていたんですよ。それが皆さんとまるで兄弟のように・・・・・・。うれしかったです」

 直高兄弟の中にいれば彼らの末弟、鬼高たちと戯れていれば『おにいちゃん』。一度に兄弟が増えたようなものだ。

 ――この人のおかげだ。

 小田五郎直高。その名の通りの五男。若犬丸へのあしらいがうまいのは男きょうだいの中で揉まれたせいか。

 ――それに比べて私は兄弟どころか父母さえいない。

 天涯孤独の身の上・・・・・・

 彼の横顔に一瞬影が過ぎったが、直高はそれを見なかったように、

「逆に俺のような七人兄弟の五男坊など、親にとっていないも同然さ。おかげで自由勝手に生きられたが。まぁ、兄弟はいいって言うのは、その通りだ。上つ方には兄弟、従兄弟で仲違いやいがみ合い、果ては殺し合いまでなさる方もおられるが」

 と、ここで彼は言葉を切った。


 兄弟同士の殺し合い、の文句で思い出されるのは源頼朝である。

 彼らの一族は獣の血が濃すぎた。己れの血統と領地を守るため、親兄弟、叔父甥間で殺し合い、肝心の血統を絶やした。頼朝にも九人の兄弟があったが、一族の内訌による謀殺や戦死で天寿を全うした者は誰一人いない。彼の死後、唯一生き残っていた全成(ぜんじょう)という僧侶の弟も、晩年甥の頼家から不興を買い、常陸へ流される途中で殺されている。この全成を誅した者こそ、当時常陸国守護にあった八田知家なのだ。将軍家の意を受けたとはいえ、関東武士にとって知家は、悲劇の頼朝兄弟にとどめを刺した人物、との認識である。


 もっとも、始祖がどうであれ、

 ――五郎殿は、良いお方だ。

 少し前に『何にも考えていない人』だなんて思った自分を反省している。

「・・・・・・一族間の仲違いなど、それも心持ち一つであるのにな。互いに仲良くやろうと思えば絆は強まり、一族も発展するものを」

 若犬丸は、うん、うん、と素直にうなずく。

 と、ここで、直高は真顔で言った。

「そなたも早く子どもをつくれ」

「こっ、子どもって・・・・・・」

 突然に言われ、若犬丸の顔は見る間に真っ赤になった。

「わっ、私はまだ妻さえ持たぬ半人前です。いえ、妻の件も小山家を再興するまではと・・・・・・」

 真面目に答える若者を呆れたように、

「何を言っているのだ、若犬殿。酒は呑まぬだの。女はいらぬだの。そなたは若いのに禁欲に過ぎるぞ。小山宗家の最後の一人なら子孫をたくさん残そうと考えぬのか。男として生きようと思えば、人生は案外短いものだ。今から頑張らねば後で悔やむことになるぞ」

「そっ、それは確かにそうなんでしょうが・・・・・・でも、私、・・・・・・だけど・・・・・・」

「何をぐずぐず言っている。さてはそなた、ねんね(・・・)だな」

「・・・・・・」


 舎兄の手加減無しに、若犬丸は恥ずかしさで気が遠くなった。

「よし、正妻とは言わぬが一夜妻なら俺が見つくろってやる」

 任しておけと直高は胸を叩いて見せ、弟分の意志などまったく無視だ。


 筑波山は縁結びの神をまつる神社や寺がある。参詣客を目当てにした旅館も多くあり、その手の宿にも事欠かない。

「そなたの従者はよく通っていたが、主である若犬殿は知らなかったか」

 ――兵次が? いつの間に?

 若犬丸はかたわらの従者を振り返ったが、兵次だけではなく、彼らは皆聞こえぬふりをして目を反らした。

 ――そういえば、時々姿が見えなくなると思っていたけれど。

 理由がようやくわかった。それから、自分の鈍さだとか、いろいろな意味で『奥手』だったことも。

 ――こういうのって、主がもっと気を利かせなければならなかったのかも・・・・・・

 反省してしまう。


「まぁ、よいではないか。それより若犬殿ご自身のことだ。この筑波で酒の味を覚えたのだから、ついでに恋の味も覚えていこうとは思わぬか」

「こっ、恋の味って」

 息も絶え絶えの若犬丸を、からかって笑う。

 直高はそちらの方でも気の利くいい兄貴であった。


 楽しげな兄五郎の笑い声に、

「何? 何? 何の話?」

 六郎・七郎が寄ってくる。

「あのな・・・・・・」

「わぁー、お願いですから、言わないでくださいっ!」

 こうして、賑やかに狩り遊びは終わった。


 残念ながら、この後、直高が女を紹介する機会は巡ってこない。

 小田恵尊が鎌倉府への抵抗運動を水面下で本格化させ、若犬丸に目立った行動は許されなくなる(よし)に。

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