ビターチョコレート
係長補佐、一ノ瀬愛里紗、仕事はできるが怖い。所謂、お局様。それが私だ。
「もぉ〜聞いて下さいよぉ〜!一ノ瀬先輩なんですけどぉ、出先から帰ってきて報告しようと思っていったら鬼気迫る顔で仕事してたから後で落ち着いてから声掛けようって思ったのに、『帰ってきたらまず只今帰りましたの挨拶をするのは基本ですよ。そして、報告はちゃんとして下さい。』って言われて。しかも無表情で言うんですよ‼︎酷くないですかぁ〜こっちは仕事邪魔しちゃマズイっておもって遠慮してたのに、頭ごなしにこっちが悪いみたいな言い方しなくてもいいと思いませ〜ん??」
この声はまさしく直属の部下、佐伯ちえみ。
「しょうがない、ちえみが大人になってハイハイって流すしかないよ。」
そしてこれは何故かずっとライバル視されている堺りさの声。
「顔は綺麗なのに性格が悪いから今だに売れ残ってるんだろうね〜(笑)プライベートで幸せとか感じた事あるのかな?」
「最近疲れた顔して老けてきたよね〜仕事命って感じで女捨ててるかんじ〜キャハハ•••••••」
当たり前だボケ。こちとら毎日必死に生きてるんじゃ!だいたい同じことを何度も何度も繰り返すからこっちもつい強い口調になるんだよ!大体、帰ってすぐ報告せずアフター遅れてクレームに発展させたのは先月のはなしだったはず。まったくこりない。
確かに顔はヤバイ事になってるけど、体調よくないし、年相応だし、プライベート心配してもらう必要は全くない‼︎
•••はぁ•••前途多難。
「ありさ、大丈夫?最近疲れてるよ?飲みに行く?」
「ゆり、心配してくれてありがと。けど、体調があんまり良くないから止めとく。」
「大丈夫?あんまり無理しちゃだめよ?まぁ、あんたんとこの部下が好きかってやってるみたいで気苦労が絶えないだろうけど」
「まぁね。合う合わないがあるからしょうがないけど、もう少し聞く耳を持ってほしいわ。」
こうして分かってくれる人がいてくれるだけで救われる。
18歳の高卒で入社して数年間下積みをこの場所でした。その後本社で13年勤めた。それから再びこの場所に昇進とともに戻ってきた。今更昇進したら忙しくなるし責任も伴う。正直なところありがた迷惑で一度は断ったもののなり手がおらず引き受ける事になった。予想通り、セクハラ紛いな上司に敵視する同僚、言い訳が得意な後輩とバリエーション豊かなメンバーに囲まれ発狂寸前だ。
そう、セクハラ&パワハラ上司。
「一ノ瀬君、きみ若い子にちょっと風当たりが強すぎるんじゃないか?確かにちえみ君はまだまだ未熟な所はあるがきちんと大学を卒業しているんだ。ちゃんと丁寧に教えてあげたら理解できるはずだよ。ちゃんと学歴があるからね」
悪かったな、高卒で!今の訴えたら即アウトな発言だっつーの。大体途中でリタイアしていなくなるのは圧倒的に大卒者だし。仕事できるできないは学歴関係ない。
「君も女性なんだ、笑顔の一つ浮かべて愛想よく頑張りなさい」
このじじぃどさくさに紛れてまた尻触りやがった。
「一ノ瀬さん、大丈夫??まったくパワハラ発言にも困ったもんだよね」
でた!そんなこと言うわりに庇ってくれたことなんて一度もないくせに。
「大丈夫です。慣れてますから。」
「嫌なことは忘れて、美味しいご飯でも一緒にたべにいきませんか?」
こいつ、諏訪涼介は私に気があるそぶりを見せてくるが、他の何人かの顔の偏差値が高めな女の子にも同じように粉をかけている事を知っている。
「最近、体調があまり良くないので遠慮しておくわ。」
「え〜大丈夫ですかぁ?先輩凄く頑張り屋さんだからちえみ心配〜無理しないでくださいね??」
わぁ〜引くわ。優しいですよアピール。さっきあれだけ私の文句言ってたくせに凄いわ。
「ちえみちゃんは優しいね。あっ、一ノ瀬さんにふられちゃった可哀想な俺とメシ付き合ってよ♪」
「え〜私なんかでよければ!」
はいはい、まだ仕事中なんですけどね。さっさと行って欲しい。
そんな約束をして、帰りにデートをしたであろう二人。いや、いいんだけどね。おばさんその神経がよく分からん。
あろうことか昨日と同じ服で、あろうことか首筋にカットバン。
いかにもヤリマシタ感を滲み出しチラチラこちらを見て来る佐伯ちえみ。
「おはようございます、一ノ瀬先輩。」
「•••おはよう。」
聞いてほしそうにモジモジしているが、誰が聞いてやるか。
「あのっ、昨日•••りょ、諏訪先輩とごはん行ってごめんなさい•••」
「えっ?あぁ、別に謝る必要はないんじゃないの?好きにご飯でもなんでもいけばいいじゃない?」
申し訳なさそうな顔作ってるけど、ニヤつき我慢できてなくて凄い不細工になってるけど••••••
「えっ、でも好きなんじゃないんですか??」
「はいっ??_『っキャーーーーー‼︎専務よ‼︎‼︎』
黄色い声に振り返ると、社長の従兄弟にして右腕と言う血筋と実力をもつ専務その人が立っていた。180cmを超す長身に切れ長な目をもつ、所謂イケメンである。
諏訪もまぁイケメンに入るが、身体も中身も薄っぺらい。特に何故か専務の隣に諏訪が並んでいるので余計にそう感じる。しかも、パワハラセクハラ上司も一緒だ。
「一ノ瀬さん、体調はどうですか??昨日は食事に行けなくて残念です。元気になったら行きましょう!」
いやいやいや、昨日彼女とよろしくやったんでしょうに目の前で誘うとかアウトすぎるでしょう。プライド高い彼女は怒るぞー•••と佐伯を振り返ると、微妙に顔を顰めたものの専務に釘付け。
「専務、こちらに足を運ばれるなんて珍しいですね!っっわっ、すみません」
一歩前にでて躓いて専務の服を握ってウルウル上目遣いキタッ!!!
「いや、大丈夫だ。それより、お前大丈夫なのか?家出る時より顔色悪いぞ。帰って休め。隼人には言ってあるから。」
「今日中の案件が片付いたら有難く帰らせて貰うわ。隼人さんにお礼伝えてて」
「えっ?えっ?」
「家からって??えーーっ?もしかして、つ、付き合ってらっしゃったり?」
残念カップル顔が大変なことになってるよ。
「ありさ?」
困惑顔の専務。
「あーーー••••••特に聞かれもしなかったし、自分から言う事でもないし、知らないんだと思います。」
「あぁ、ここの部署のメンバーもほとんどあの頃の人はいないみたいだからな。では、係長もご存知ないのですね。」
「えーーっと、まさかと思うのだが••••••」
「改めまして、妻のありさがいつもお世話になっております。」
「はっ?」
「へっ?」
「ひぃーっ」
『ええええーーーーーーーっっっ!!!』
おい、上司、ひぃーって•••まぁ、パワハラセクハラの自覚はあったってことか。そう、専務こと、一ノ瀬 譲は私の旦那様なのである。
そもそも、この係長がどうしようもなくて補佐をお願いされたのだ。本来なら旦那様が頑張っているので専業主婦としてもやっていける収入は十分あるのだ。
「お、お、おっ奥様であられましたかっ、、、い、いつも奥様は素晴らしい働きで、さすが専務の奥様でらっしゃいます。」
さすが権力に弱い係長様。よく言うよ。
「実は三人目ができたようで、もう少しすると安定期にはいると思いますが、それまではご迷惑おかけします。」
いつもはクールと名高い彼なのだが、実はかなりの愛妻家。自分で言うのもなんだが、私にメロメロ(死語?)なのだ。本社では割と有名らしいのだが、旦那の嬉しくて堪らないっという表情に皆んなビックリしてる。
「3人目!?そんなにお子さんいらっしゃるんですか?」
「えぇ〜?お子さんいるのにこんなに働いて子供さん寂しくないんですか〜?ちえみは子供の側にいてやりたいなぁ〜」
佐伯はどうしても私が嫌いみたいね。
まぁ、私も嫌いだけど。
「息子と娘も高校生で大分手が離れたからね。淋しいものよ。」
小さい頃はとっても可愛かったわ。今も、憎らしいこともあるけれど、やっぱり子供は何歳になっても可愛い。
可愛い子供に、家族を大切にしてくれる旦那さん。
私って凄く幸せだなぁっなんて思ってたら思わず笑ってたみたい。
「やけるなぁ、一ノ瀬さんのそんな笑顔初めてみた!」
「ありさは仕事中、スイッチが入るからな。プライベートはよく可愛い笑顔をみせてくれるよ。」
「ゆずる!!恥ずかしい事言わないでさっさっと仕事するわよ!」
もうっ!恥ずかしい!
周りをみると、温かい目で見守られていた。そして何故か専務のファンクラブ(なんてものがリアルである)の面々からは尊敬の眼差しでみられ、佐伯を含め数名からは殺意のこもった眼差しをむけられた。
カタカタとパソコンを打ち、ようやく書類が出来たところでう〜んと伸びをする。と、スッと斜め後ろに座っている専務ファンクラブの一人が椅子ごと身をよせた。
「あのっ••••••実は専務のファンでして。結婚されてるのは知っていたんですけど、一ノ瀬さんとは知らなくて。
でも納得です!ハイスペックな専務の横に並ぶハイスペックな妻!!最高!
すみません、事勿れ主義で佐伯たちのことも、係長の事も、見てて嫌だったのになにもせず。」
しょぼぉんと肩を落とす彼女の姿や、さきほどの周りの様子から意外にも好意的に見てもらえてた事に気付いた。
「いいのよ。ありがとう。」
好きに言ってればいい、なんで、思ってたけど、日々のイライラが溜まりに溜まって爆発寸前だったから、今日の一件でくやしがったり、青ざめたりしてる面々を見て正直なところスッキリした。
あぁ、これが俗に言う『ざまぁっ!』ね。
沢山の方に読んでいただき、嬉しく思っています。
感想にて当初の一ノ瀬の年齢だと設定に厳しいところがあるとご指摘いただきましたので少し編集させてもらいました。
周りには30代と思われている40代の美魔女なイメージを持っていただけたらと思います!