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2話 理不尽

 その日も、村の集会所に泊めてもらう算段となっておりました。


 集会所に辿り着くと、お酒を片手に大人たちが何やら話し込んでいるのが、シルエットとして浮かび上がっていました。引き戸を少しだけ開けると、何対もの目がいっせいに突き刺さりました。


 思わず引き戸を閉めてしまいましたが、どうするともないので再び戸を開け、うつむきながら集会所に入ります。


「おい、家の片付けは終わったのか」


「いえ、まだです」


「ダメじゃないか。さっさと片付けてきなさい」


「まあまあ、いいじゃないか。もう日も暮れた。続きは今度としよう」


 それより、と前置きをして、大人のうちの一人が手をつかみ、強引に大人たちの輪の中心に私を引きずりこみます。


「いい加減、こいつの処遇を決めよう。いつまでもこうして置いておく訳にもいくまい」


「それなら決まっているだろう。身寄りが引き取っていくんじゃないのかね」


「身寄りなら皆焼け死んだだろうが。頭を使え頭を」


「じゃあどうするんだ」


「それを考えるんだよ」


 聞いているだけでも頭が痛くなるような話が、延々と繰り返されました。その間、私自身の意見を求められたり、時には見に覚えの無いことを口汚い言葉で罵られたり、小突かれたりもしましたが、私は終始口を結んで下を向き、畳の目を数えることで、叫びだしたい衝動を必死で抑えていました。


 そして、率先して火を消した○○さんが責任を持って預かるべきだ、とか、今年の収穫量が一番多かった××さんなら引き取れる、とか、一通り案は出つくし、結論は出なかったころ。


「じゃあどうするんだ。結局、誰が引き取るんだ」


「うちは無理だぞ。これ以上養う余裕なんてありっこない」


「そんなもの、何処だって同じだよ。誰かが割りを食わねばいけないんだ。まったく、どうしてこんな奴のせいで」


「すまんが、少し席を外す」


「おっと、逃げようったってそうはいかねえ。くじ引きになれば、場に居なかったお前が大当たりだからな」


「なあ、いい事を思いついたんだが」


「なんだよ、つまんねえことだったら承知しねえぞ」


「まあ聞け。火事で一家全焼したってことにしたら、どうだろう」


 誰が言い出したことなのかは、覚えていません。よくもまあ、そんな非人道的なことを本人の前で言えたものです。怒りよりも呆れが先にたち、呆れは冷静な思考を取り戻すことに貢献しました。当然、この話は道徳的かつ倫理的価値観に基づいて流されるでしょう。


「そんな馬鹿なこと」


「いや、いい案なんじゃないか。全ての問題が解消できるだろう」


「待った待った、いくらなんでも可哀そうすぎるじゃないか」


「じゃあお前が引き取ればいい」


「それは……」


「既に焼け死んだ者に、憐憫の情を抱く必要もあるまい。厚く弔ってやれば、死者も報われるだろう」


「……分かった、分かった。なら、誰がやる」


「無論、ここに居る全員で、だ。抜けることは許されない。全員が共犯となる。いいな」


 予想に反して、話はトントン拍子で進んでいきました。終始無言を貫こうと思っていた私ですが、これには思わず口をはさみます。


「ま、待ってください! 私が何か、悪いことをしましたか!」


「何を言っているんだ君は。散々したじゃないか」


「自分の家に火を放ち、よりによって自分の家族を焼き殺した」


「その上、我々が汗水たらして築いてきた財産を食いつぶそうとしている」


「そんなことしてません! 私は火を放ってなんかいません!」


「そりゃあ、自分で放火したなんて言いふらす奴はいないだろうさ。でも、そういう奴に限って本当はやっているんだ」


「村にとって、君ほどの害悪は存在しないんだよ。放火犯にはそれなりの罰を与えないとなあ」


「そっ」


 あまりの言い草です。私が何をしたというのでしょうか。


 しかし、仮に冤罪の証拠を突きつけたとして、それでどうなるのでしょうか。殺されはしなかったとしても、行く先がないことに変わりはないでしょう。


 ここで激昂してしまえば、取り押さえられて話は進み、結果殺されてしまうでしょう。昨日からの出来事を経て、強すぎる感情は状況を変えられないことを私は知っているはずです。


 ぎりと歯を噛み、飛び出しかけた言葉をのみこみました。


「分かりました、もういいです。誰にも引き取ってもらわなくて結構です。一人で生きていけば、いいのでしょう」


「ほう、一人でとは言うが、どうするつもりだ」


「住むところは焼け落ち、畑も灰をかぶっている。数日は食べ物もあるだろうが、長くは持つまい」


「それは、その、林に入れば木の実もありますし」


「じゃあ、住むところはどうするんだ」


「それは……」


「洞穴にでも住み着くつもりかね。獣のように暮らし、食べ物が無くなれば盗みにでも入るつもりなんだろう」


「そんなことしません!」


「放火の次は窃盗か。おい、人に迷惑をかけるのもいい加減にしろよ」


 我慢の限界でした。ええ、分かっていたんです。この人たちに話は通じない、と。だから黙っていたんでしたよね。


 そうして私は、幼少以来閉じ込めてきた怒りという感情を、数年ぶりに抱きしめたのでした。

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