1話 春先の火事
火は黄昏をちりちりと焦がしておりました。
燃え盛るわが家を見て、私はつい先ほど畑から取ってきたばかりのキャベツを、地面に取り落としてしまいます。落ちたキャベツはころころと転がっていき、やがて火に呑まれました。
火は宵闇に変わりつつある空を、品定めするように舌先でもてあそびます。
どうして火が燃えるのか、なぜわが家が燃えるのか、そもそも火とは何なのか、色々なことに思いを巡らせましたが、その戸惑いは形を成さず、陽炎のように消えていきました。
「君、ここの家の人だよね」
ふと、後ろから声がかかります。聞いたことのある声ですが、名前を思い出せません。おそらく村の人なのでしょう。
「あの、どうして、こんな」
声を出してから、自分が泣いていることに気が付きました。涙でぐずぐずになった言葉は肯定と受け取られたようで、すぐに優しく背中をなでる感触が伝わってきました。
地面に座りこんでしまうと、背中をなでる感触は追いかけてはきませんでした。私は座りこんで、泣きながら燃える我が家を見つめることしかできませんでした。
いつまでも座り込んでいても、状況は何一つ変わりません。しかし、私はいくら力を入れようとしても、ついぞ立ち上がることはできませんでした。
火は煌々と燃え盛り、夜空を緋色に染め上げておりました。
火事の噂をききつけ、どこからか人が集まってきます。人々は何やら長い棒のようなものを持ち出し、わが家の壁や柱だったものをためらい無く突き崩していきます。
私は、やめてと叫ぶことも出来ず、最後の一柱が崩れたときには、声を押し殺して泣いていました。
火はあざ笑うかのように、最後までぶすぶすとくすぶっていました。
風が冷ややかな、春先のことでした。
*****
翌日、家の人たちが発見されました。
文字通り、発見でした。すっかり炭化して黒くなった死体は、柱の下から見つかりました。
発見したのは、私でした。一晩のうちに、根拠も無く火事の犯人にしたてあげられた私に命じられたのは、火事の後始末でした。
もちろん一人ではできっこないですが、だからと言って泣きついても、手伝ってくれる人は居ないでしょう。彼らには彼らの仕事があります。それは同じ村の住人が火事にあったからといって変わりはしません。
家の人たちだったものを見つけても、私の体からは水の一粒も流れ落ちませんでした。泣いても状況が変わらないことは、昨日覚えましたから。
それでも、元同居人であったことのよしみとして、畑に小さな墓を掘り、二人を埋めました。土をかけるとき、ふと目を背けたのはどうしてでしょうか。
最後の土をかけ、黙祷を捧げると、頬をつめたいものが伝っていきました。学習を生かせなかったことは、非常に残念です。
水をぬぐって、ちろりと舐めます。塩の味だと思っていましたが、泥臭い土の苦味ばかりがしました。ひっくとしゃくりあげると、水はぎゅるりと喉を通り抜け、後はむせるばかりでした。