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そして私は、救済の聖女になった。  作者: 五乃ふゆ
第二章

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狐 vs 狼

 どちらにしても、相手は王子様なのだから庶民に過ぎない亜里沙が下手に出るべきだろう。


「あ、あの……ご挨拶が遅れてすみません。こちらから伺うべきでした……」


 キーランたちにからかわれたお陰で敬語が難なく出て来てくれる。もっとも、正しく使えているかは分からないが。


「気にしないでくれ。僕が見舞いたかったのだから、ご足労頂くわけにはいかないだろう」


 エドワードはそう言って部屋を横切った。

 空になった器が乗るティーテーブルを一瞥し、ソファに腰掛ける。


「食事は来訪者様の体調に配慮したものだったが、どうやら口に合わなかったようだな。だからと言って来訪者様がわざわざ厨房に出入りする事はない、好みのものを用意させるから何でも言ってくれ」


 エドワードの言葉はいちいち嫌味に聞こえてしまう。どうしても素直に受け取れないのは亜里沙の心が狭いからだろうか?


「あの……亜里沙です。こちらは翔」


 ずっと微笑みを浮かべていたエドワードの顔から笑みが消える。

 この眼差しの強さはキーランに似ている。だがエドワードのそれには敵意のようなものが含まれている。


「その、来訪者って呼び方だと、どちらの事か分からないので……」


 黙っていればいいのに、と、自分で思った。自分で言っておきながら、衝動的に意見を述べた事に内心冷や汗ものだ。


「……ああ、もう一度名乗ってくれなくても、聞いていたよ、アリサにカケル」


 エドワードの声色が冷たくなる。


「それで、カケルが話せないのは体の問題か?

それとも、まさか言葉を理解出来ないのか?」


「そ、れは……」


「そうか。妙だな」


 まだ何も言っていないのに、言葉が理解出来ないと判断されてしまった。焦りを隠そうと唇を噛む。

 そんな亜里沙を観察するように眺めながらエドワードは続けた。


「ニハイル砦から、アリサがイドルと戦って少女を救ったと報告を受けている。少女は足を失ったが生きている……アリサのお陰で」


 傷を抉るような言葉が突き刺さる。


「だがおかしいな。これまでのイドルと戦える来訪者なら、そもそも怪我すら負わせなかったはずだ」


 亜里沙は何を言えばいいのか分からなかった。翔の心配そうな視線を感じるが、今言われた事をとても共有出来そうにない。


「来訪者がふたりいるのも前例に無いし、ひとりは言葉を理解出来ず、ひとりは来訪者たる力も微々たるもの……何かの前触れか?

それとも、もう既に何かが起きているのか?」


 エドワードは立ち上がり、硬直している亜里沙の方へ一歩歩み寄った。


「……我々のために自らを犠牲にする、そんな尊い来訪者様の力になりたいと思っているよ。だから何か知っている事があるなら教えてくれないか?」


 最後だけ紳士的な素振りで微笑まれても、亜里沙はこの王子にもう友好的な態度は取れそうになかった。


「まだ……私たちにも、よく分かってなくて……」


 亜里沙がそう言った時だった。

「キーラン様」と慌てるメイドの声がして、不意にドアが開いた。


「エドワード。ここで何をしている?」


 開け放たれたドアを見やったエドワードが小さく舌打ちしたのを亜里沙は聞いてしまった。


「兄上。傭兵稼業が長過ぎて最低限のマナーすら忘れてしまったんですか?」


「何をしているのか聞いた。アリサに何を言ったんだ?」


 キーランの後ろからロナンもやって来た。

 ロナンがエドワードに挨拶してドアを閉めると、エドワードはあからさまなため息を吐いた。


「……マクベルド。同席を許した覚えはないんだが?」


「陛下から、来訪者様のお世話をする許可を頂いております」


 不機嫌を隠しもしないエドワードに対してロナンは穏やかな態度だ。


「来訪者様のご様子を確認に参っただけですので私の事はお気になさらず」


「……エドワード」


 キーランの語気が強くなる。


 エドワードはもう一度ため息を吐いた。


「……王太子である兄上がトランティアから戻れないままだ。これまでにない程イドルは増え続けていて、そんな折に現れた来訪者がこれだ」


 これ、の衝撃で亜里沙の口が開く。

 亜里沙の側にやって来たロナンが「大丈夫ですか」と気遣ってくれる。


「ただ、前例に無い事が何か関係しているかと思っただけですよ。どうせ明日には来訪者がふたりやって来た事を吉兆かのように国王陛下が御触れを出すでしょう。そうなると下手な事は言えなくなるんでね」


「エドワード。王子たる者が憶測でものを言うのは良くない。来訪者を“これ”呼ばわりするのもだ」


 エドワードは、はっ、と呆れたように笑った。


「まさか兄上から王子の何たるかを教わるとは思いませんでしたよ」


「殿下。お見舞いにいらしたのでは?

どうやらこちらの来訪者様はまだ安静が必要なようですが」


 翔を見てロナンが口を挟むと、エドワードは眉を顰めた。


「王族の会話に割って入るとは、相変わらず無礼な奴だな。父上がお前に寛容だからとあまり調子に乗るなよ、マクベルド」


「まさか。四六時中あらゆる所から殿下の視線を感じていますから、お陰様で調子に乗る事なく常に気を引き締めていられますよ」


 それに、とロナンは続けた。


「これ以上殿下が不用意な言葉を口になさる前に止めて差し上げたのですから、お怒りにならないでください」


 エドワードは鼻で笑った。


「どっちが不用意なんだか。どうせこの部屋には僕たちだけだ。この来訪者様が聞いた所で分かる話だとも思えないが?」


「……まあ、いいでしょう。トランティアの要請に対して聖国が沈黙している件については私の方でも引き続き探ってみます」


「お前の助けは要らない」


 エドワードは言い捨てて踵を返した。

 ドアの前に立って亜里沙を振り向く。


「せいぜい気を付ける事だ、アリサ。

特にその男にはな」


 エドワードは失礼する、と言って部屋を出て行った。



 嵐のように去って行ったエドワードに唖然としていると、ロナンがポツリと呟いた。


「やれやれ……十年前はまだお可愛らしい方だったのに……」


 このくらいで、と右手を宙に差し出す。

 それはロナンの腹の辺りの位置だった。


「それって……王子様の子供の頃? 知ってるの?」


「ええ、商人になる前は騎士でしたからね」


「騎士!?」


「はい。と言っても、騎士だった期間は一年にも満たないのですが……キョウコさんの護衛に抜擢され、彼女が帰った後は家業を継いだので。それで、こちらは……」


 ずっと静かだった翔は、ロナンとキーランから注目されて緊張したようだった。


「弟があんな態度で……すまなかった」


 キーランが申し訳なさそうに謝る。

 その表情の意味が伝わったのか、翔の警戒が少し解けた。


 亜里沙は翔の事を、翔に言われた事を守って肝心な所を「分からない」としつつ、キーランとロナンに話した。

それが終わると、先程のエドワードとのやり取りの内容を翔に話す。


 日本語を話す亜里沙をキーランもロナンも興味津々に見ていて、亜里沙は何だか少し恥ずかしかった。

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