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そして私は、救済の聖女になった。  作者: 五乃ふゆ
第二章

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19/21

お粥に塩は入れない派

 

 亜里沙がすすり泣くと、翔が戸惑う気配を感じる。ニーズはまた眠りについたようだった。



 しばらく泣いて少し冷静さを取り戻した亜里沙。

 茉利咲の事で泣いたのは久しぶりだった。まだ胸が痛むが、今は翔を放っておくわけにはいかない。


 涙を拭って顔を上げると弱りきった顔の翔と目が合う。翔は焦ったように口を開いた。


「あ……その……良かったら、作ってくれない?」


 とても気まずそうに、お粥、と付け加えた翔の様子が、ほんの少し可笑しかった。



 待ってて、と出来るだけ明るく声をかけて、部屋を出る。


 部屋の外にはまだ先程のメイドが居て、亜里沙は事情を話して厨房に案内してもらう。



 一階にある厨房は、味のある石造りの壁で囲まれ、御伽話に出て来そうなかまどに別のメイドが薪をくべていた。料理人らしき人々もいて、皆驚いて亜里沙に注目するが、先程のメイドが事情を伝えてくれると、快くかまどを貸してくれる事になった。


 分けてもらった米は見慣れた丸っこい形ではなく、細長いものだった。

 そして亜里沙は今更ながら、炊飯器で炊いたご飯を使った粥しか経験がない事を思い出す。

 厨房のメイドが側に寄って来た。


「何をお作りになるんですか?」


「えっと、お粥なんですけど……あれ、お粥って通じるのかな……」


「ああ、粥ですね。まずは鍋に水を入れませんと」


 亜里沙はこのメイドに側についてもらいながら、四苦八苦して実に一時間半かけて粥を作った。

 厨房の人に作って貰えばもう少し早かっただろう。

 だがメイドは亜里沙が質問した時だけ答えて、他は見守るだけで、全部亜里沙がしたいようにさせてくれた。


 もう昼食という時間でもないが、それより気になるのはその時間、翔をひとりにさせてしまっている事だ。



 出来上がった粥をトレイに乗せて、先程のメイドにまた案内してもらう。



「お待たせ! 時間かかっちゃった」


 亜里沙が入ってくると、ベッドに座っていた翔がこちらを振り向いた。ほんの少し表情が和らいだ翔を見てホッとする。


 ティーテーブルの上にあったスープはいつの間にか下げられていた。


「……大丈夫だった?」


「……うん」


 ぎこちない返答だが、再会した直後より落ち着いているようだ。


 亜里沙はお粥をテーブルに並べた。

 どちらからともなく「いただきます」をして、お粥を口に運ぶ。


「……味がしない……」


 いや、お米の味はする。

 塩を入れるのをすっかり忘れていた。作れると豪語したものの片手で数えられるくらいにしか作った事がないし、そもそも料理は得意じゃなかった。


 翔に謝ろうと顔を上げて、亜里沙は驚いて固まった。


 翔の目から涙が溢れていたのだ。


「そ、そんなに不味かった……?」


 翔は首を横に振る。


(つばさ)が作ったお粥みたいだ……」


 自分の妹の名前を口にして、翔は涙が滲んだ目で亜里沙に微笑んだ。


「美味しいよ、すごく」


 亜里沙はただ頷いて、それから食べ終わるまではお互い言葉を発しなかった。



 食べ終わった後、亜里沙は自分が知っている事を翔に伝えた。


 異界からの来訪者。イドルの事。この世界の事──


 亜里沙の拙い説明が終わると、翔はしばらく考え込んだ後、自分の話をした。


「帰宅して、自分の部屋に入った所までは確かなんだ。

突然目の前が真っ暗になって……後は分からない。

最初に目が覚めた時、自分が熱に浮かされている状態なのは分かった。時々目が覚めて、その度に世話を焼かれたのも覚えてる。それで昨日起きてから、一度外に出たんだ」


「……帰ろうとして?」


「どうかな……部屋に入って来たメイドみたいな女の人が何を言ってるのか分からなかったし、パニック状態だったんだと思う。でも周りの景色に少しも馴染みがなくて、気持ち悪くなって……気付いたらまたここに居た」


 だから、と翔は続けた。


「鈴木さんが言うような空間を通った覚えが無いんだ。もちろん、その、来訪者って言われるようなそんな力も特に感じないし……この世界を救いたいとかも……思わないし」


 気まずそうに「今の所は」と付け加える翔。


「うん」


 亜里沙は頷いた。


「とにかくもう一度、ニーズにちゃんと話を聞かないと」


 言ってニーズに意識を集中させる。

 一瞬微睡むような感覚を覚えて体が傾く。


「ちょっ、大丈夫?」


 翔が咄嗟に肩を押さえて支えてくれた。


『おい……我の意識の中に入って来ようとするな』


 咎めるような声に一瞬で目が覚めた亜里沙はムッとした。


「そんな事してないよ。起こそうとしたの」


 だが、その言葉に反応したのは翔の方だった。


「ん……何て?」


「え?」


「いや、今……鈴木さん、知らない言葉を話してたから」


 何も知らないとホラーのような話だが、流石に亜里沙は心当たりがあった。


「そっか……そうだったんだ。私がこの世界の人と話せるのは、ニーズが私の中にいるからなんだ」


「さっき話してた、ドラゴン……?」


『お前……我の事を他言するなと言ったはずだ』


「翔くんには話しても問題ないでしょ! この世界の人間じゃない、ニーズが間違って連れて来た被害者なんだから! ……私だって」


 ニーズが小さく唸る。翔は不思議そうに亜里沙を見た。


「……鈴木さん、俺と話す時は日本語だけど、今また例の言語を話してた。それがドラゴンのお陰だっていうならどうやって切り替えてるの?」


「え? うーん……私の耳には全部日本語に聞こえるんだよね」


「それは、脳が日本語だって誤認識してるんだと思うけど……きみが自分の意思で切り替えてるんじゃないなら、多分それもドラゴンが入ってるお陰なのかな」


 翔は思案顔で首を傾げた。


「それで、ドラゴンの方は日本語を理解できてるの?」


『理解は出来る。話せるわけではなく、あくまで何を言っているのかが分かる、という事だ』


「何を言ってるのかが分かるだけみたい」


「……なるほど」


「そうだ、ニーズが秋原くんの体に入れば秋原くんも話せるようになるよ」


「え? それは……そんな事して、きみはどうするの?」


「私はある程度この世界に慣れたし、しばらく秋原くんの中にいてもらって、それで、時々交代したらいいんじゃないかな?」


「それは……」


 翔の顔が曇った。と、同時にニーズがため息を吐く。


『そんな事は出来ない』


「どうして?」


『気軽に出入り出来るなら、お前があの空間に入ってクルスが近寄って来た時点でとっくに入っていた』


「じゃあ……出て行きたくても出て行けないの?」


『そうだ。それにお前の体に入った時にもかなり消耗した。しばらく休まないと魂まで削られてしまう。我が消えれば世界を繋ぐ事が出来なくなる』


「それは……どうやったら、回復できるの?」


『……この世界の穢れが減れば』


 亜里沙が黙ると、翔が遠慮がちに口を開いた。


「俺はそれより、俺たちが間違って連れて来られたというなら、もう一度世界を繋いで欲しい」


『……出来ない』


「ニーズは、今消耗してるんだって……だから私の中から出て行けないし、あの空間も開けなくて。この世界の穢れが減れば、回復するって言ってる」


 翔は目線を伏せた。


「じゃあ……もう帰れないって覚悟した方がいいのかな……」


 弱々しく吐き出された言葉に、亜里沙は何と言えばいいのか分からなかった。

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