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そして私は、救済の聖女になった。  作者: 五乃ふゆ
第二章

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18/21

歪み

 来訪者だとか諸々問題はあるが、同じ世界から来た人と会えるという事だけは亜里沙には嬉しい事だった。

 それも、同じ日本人どころか、同じ高校、更に幼馴染なのだ。


 自然と顔が綻び、座り込んだままの翔の側にしゃがみ込む。


「本当に……鈴木さん……?」


「うん! 何だかすごく久しぶり!

四日前に会ったきりだったけど……もっと長く会ってなかった気分だよ」


「四日……」


 色々聞きたい事はあるのだが、翔の顔がとても青白い事に気付いた亜里沙は出かかった疑問を飲み込んだ。


「秋原くん、顔が真っ青だよ……寝込んでたんだよね、もう大丈夫? ご飯、食べれた?」


「寝込んでた……俺が」


「う、うん……そう聞いてるけど」


 翔は信じられないものを見るような目で亜里沙を見つめる。


「……どうして」


「えっ?」


「きみは……ここの人と話せるの?」


 一瞬、何を聞かれているのかまるで分からなかった。

 話せるとは、どういう事だろうか?

 豪華な部屋を与えられているし、ティーテーブルの上のスープを見る限り手厚いもてなしを受けていると思ったが、実は翔は話を聞いて貰えない程冷遇されているのか?


「えっと……もしかして、誰も秋原くんの話を聞いてくれなかった……?」


「話を聞いてくれる、だって?」


 翔の顔に戸惑いと苛立ちの色が浮かぶ。

 成績優秀でスポーツも得意、いつも明るくて優しく、男女問わず人気者だった翔から、亜里沙はこんな顔で睨まれた事などなかった。



「だから何で……っ、知らない言語を話してるだろ?」


 興奮気味に語られた言葉に、亜里沙は頭を殴られたような衝撃を感じた。



「ここの……国? ヨーロッパのどこかみたいなのに、俺が知ってるどことも違う。それにこの国の人たちの言語が、全然聞いた事のないものだし、現代じゃないっぽいから昔にタイムスリップしたのかとも思ったけど、俺が目にした物だけでも時代がちぐはぐなんだよ!」


 まさか、と翔はつぶやく。


「まさか、さ……異世界? ここ」


 亜里沙はショックでしばらく答える事が出来なかった。

 翔は力なくそっか、とこぼして、また腕に顔を埋めてしまう。




 数分はそのままお互い何も話さず、身動ぎもしなかった。


 やがて亜里沙は翔の具合が悪そうな事を思い出し、意を決して再び声をかける。


「……秋原くん。ご飯は食べれた?」


「何だよそれ……食欲なんてないよ」


 頭を上げないまま、呻き声のような、か細い声で答える。

 だからスープが手付かずなのか。目覚めてから何も食べていないのだろうか?


「私と食べよう? 私まだ食べてないの。お腹の調子悪いし、消化にいい物頼んでみるけど、秋原くんもそれでいい?

あっ、そうだ、お粥はどうかな? 私作れるけど!」


「……たい……」


「え?」


「俺は……帰りたい……帰りたいんだ」


 はっきりと紡がれたその言葉に、亜里沙は胸が締め付けられた。


「…………帰れるよ…………」


 どうしてもっと力強く言えなかったのだろう。

 翔は顔を上げたが、案の定、亜里沙の言葉を全く信じなかった。


「どうやって?」


 嘲笑のような響きが亜里沙の意志を挫くようだった。


 翔はボーッと宙を見つめた後、そうだ、と呟いた。


「このまま何も食べないで死んでみたらどうだろう……」


 亜里沙がハッと翔を見る。だけど翔は亜里沙を見ていなかった。


「ほら、よくある話だろ? 元の世界に戻るために死ぬとかさ、そうだ、試してみればいいんだ。そうしたら」


「秋原くん!!」


 亜里沙は思わず縋り付くように翔の両肩を掴んでいた。


「ダメだよ! そんな事言わないで!」


 堪えきれず涙が滲んだ。


 間近で亜里沙のその顔を見た翔は目を丸くして、しばらく亜里沙に見入った。

 やがて、苦しそうに顔を背ける。


「ごめん……きみも、帰れないのに……八つ当たりした……」


 亜里沙は唇を噛み締めた。



 まさかこんな事になるなんて予想していなかった。

 来るべき人が来るのだと思っていたから、自分は間違われたのだと思った。


 だからこそ、もう一人いると聞いた時は腑に落ちたのだ。



 だが、まさか、亜里沙が何の疑いもしなかった言語すら、翔には通じていないなんて。



(ニーズ。起きて、ニーズ!)


『……ああ。起きている』


 思ったよりも弱々しい声が答える。

 一瞬心が痛んだが、こうなっては問いたださなければならなかった。


(これはどういう事? 来訪者はニーズが選んでるんだよね?)


『……そう、だ……』


(じゃあ、どうしてこうなってるの?

なんで二人連れて来たの? 私も秋原くんもこれまでの来訪者と全然違うのは何でなの?)


『我は……』


 ニーズの呻き声が漏れる。動揺している様子に亜里沙は驚いた。


(……どうしたの? まさか、分からないの?)


『我はお前を……()()()を連れて来なければならなかった……だが、どうして……?

それに、その男は……我はなぜ……』


「え…………」


 亜里沙は思わず声を上げた。翔が亜里沙を見る。



 何かとてつもなく冷たいものが、体の中に流し込まれたようだった。



「待ってよ……ちょっと待って……」


 亜里沙の焦燥の声に、翔が訝しげな顔をする。


「え……鈴木さん、どうしたの? その、言葉……」


「茉利咲……? 茉利咲だったの……?」


「鈴木さん?」


『ああ、そうだ、お前だ。それだけは間違いない。お前を連れて来なければならなかった。

だが我は今魂自体が消耗していて、所々記憶が抜け落ちている。その男に関しては我は何も覚えていないのだ』


「な……、なんだ……そういう事……」


 そうか。

 今回はキーランにもお告げがあったと言っていた。

 きっとキーランは名前まで把握していたのではないか。だから最初に名乗った時、茉利咲かと聞き返して来たのだ。


「鈴木さん……鈴木さん?」


「そ……っ、そんなの、じゃあ、もう、無理じゃん……だって、だって!」


「鈴木さん! ……亜里沙ちゃん!」


 今度は亜里沙が両肩を掴まれた。


 はっと翔を見る。ほんの少し生気が戻った眼差しが、心配そうに亜里沙を覗き込んでいた。


『アリサ……?

お前は……マリサではないのか……?』


 唐突に茉利咲との幸せだった思い出が脳裏を掠めて、亜里沙の目から涙が溢れる。



「だから……間違えたの……?

茉利咲が……私のせいで死んじゃったから……!」



 確かに、話に聞く来訪者たちの特徴は、あの太陽みたいな妹なら当てはまる事だった。

 体が弱かったくせに人一倍正義感が強く、年下のくせにいつも亜里沙を守ってくれた。

 誰にでも優しく、屈託なく笑う妹。

 ──7歳で死んでしまった、2歳下の妹。



 茉利咲こそ、選ばれた“異界からの来訪者”だった。


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