もう一人の来訪者
「わあ……すっごく大きいね!」
自分の語彙力の無さが恥ずかしい。
アウルマルクの数倍は広くて立派な城塞都市。
城門の左右に伸びる城壁はアウルマルクの物より明るく、華やかに感じる。
門の先にもアウルマルクより都会的な街並みが見える。舗装された道がまたとてつもなくオシャレに見え、ここだけ文明レベルが大きく上がっている気がする。
亜里沙は荷台から降りると、これまでの色々な想いを忘れてワクワクしながら通行を待った。
ここではすんなり通してもらえると信じて疑わなかった亜里沙だが、アウルマルクとは別の問題が起こった。
門兵は亜里沙を見てどういう訳か困惑している様子だった。
アウルマルクよりは大きい門だが、ベンの後ろに着けている別の荷馬車も巻き込んだ形で待機する事になり、何人かの兵士が慌ただしく行き来する。
「……どうしたのかな……」
不安から漏れた言葉に、隣に立つキーランが大丈夫、と答える。
「心配しなくていい。アウルマルクの時のような事は起こらないから」
「もしかして昨日の事……」
「いや、それはないと思う。このまま様子を見よう」
「うん……」
しばらくして馬で駆けて来た兵が馬から降り、ロナンに何やら小声で話した。
ロナンが眉を顰める。
「少し急いだ方が良さそうです」
振り返ってそう言うと、兵の後から現れた馬車へ亜里沙を促す。
ルイとベンとはここでお別れとなり、心配そうなふたりに見送られて童話のお姫様が乗るような馬車に乗り込む。色や装飾は童話よりこちらの方が落ち着いているが。
こんな状況でなければ喜んだのに、亜里沙はそれどころではない不安で胸がいっぱいだった。
荷馬車より圧倒的に速く走る馬車に揺られながら、街並みを眺める余裕もない。
やがて緩やかな坂道に差し掛かる。
しばらく走行した後、再び門を通過した。
門から少し走った馬車はゆっくりと停止し、ロナンとキーランが先に降りる。
亜里沙は差し出されたキーランの手を取って馬車を降りた。
目の前に現れた建物は、形はまさしく亜里沙がイメージする城に近いものだった。
亜里沙たちが降り立った、城壁にぐるりと囲われた空間は広く、遠くに教会のような建物や庭園が見える。
アウルマルクの丘の上に建っていた灰色で四角い城も壮大でカッコ良かったが、こちらはそれに華やかさを足した感じだ。大きさもまるで違う。
ただ、全体的に石の色合いが強い。もっと真っ白な壁や青や赤の屋根を想像していた。
ロナンの後に続いてキーランと並び、石段を上がる。城の扉をくぐり、エントランスに入った。
中は思ったより薄暗く、ひんやりしていた。
階段や壁で区切られているせいか外で見えていたイメージよりも中は狭く感じる。
ホールに繋がる扉を通った時、こちらにやって来ていた初老の男性が目に入った。
「マクベルド伯爵。……キーラン様」
キーランの名前を呼ぶのに微妙な間を挟んできたこの男性は、少し距離を空けて立ち止まると会釈した。どこかの音楽家みたいな上等な黒の衣装を着込んでいる。
「フェレウス公爵」
ロナンが会釈する。キーランがこっそり、「宰相だ」と亜里沙に教えてくれた。
「ああ……そちらが来訪者様ですね」
一見平静だが、困惑が隠しきれていない顔で亜里沙にも会釈をする。
「あ、初めまして……亜里沙です」
アリサ様、と呼んで宰相はもう一度軽く会釈した。
「明日、国王陛下に謁見して頂きます。本日はこちらでお休みください。ただその前に……少々お力添え頂きたい事が……」
「まだ事情が飲み込めていません。どういう事ですか?」
ロナンが宰相に問うと、今度ははっきりと、その顔に困惑が浮かんだ。
「実はもう一人、来訪者様が現れたのです」
亜里沙に衝撃が走った。
「そ、そういう事ってあるの……?」
亜里沙を振り向いたロナンも困惑の表情を浮かべている。
「……記録では、一度もありません」
動揺して後ずさる亜里沙の手を、キーランが握る。
「大丈夫だよ、アリサ」
そっと囁かれて、亜里沙はキーランを見た。
そうだ、落ち着かなければ──もしかしたらその人こそ、来るべきだった本物の来訪者かも知れない。今となっては少し複雑な心境だが。
「その来訪者様は四日前に城内の聖堂の近くでお倒れになっている所を発見されました。
何度か意識を取り戻されては、またお眠りになる状態を繰り返し、昨日、夕刻にお目覚めになられたのです。ですが……」
「陛下はその来訪者様の事を伏せておられたのですね」
「ええ……何せ、来訪者様が意識を失ったままお目覚めにならないなど、記録に無い出来事でしたから。それに聖王猊下のお告げの事もございました。こちらに現れたお方が来訪者様ではない可能性もございましたので……こんな状況を、国民に知られるわけにはいきません」
そして、宰相はもう一度亜里沙を見た。
「……やはり、お召し物が同じでいらっしゃるようです。アリサ様がお召しになっている上衣の胸元のエンブレムが、その方の上衣にも刺繍されておりました」
もう一度、衝撃が亜里沙を襲った。
それは、同じ高校の誰かだという事だ。
しかも四日前なら、亜里沙がこの世界に来た日ではないか。
「お目覚めになってからずっと怯えておられて、私どもの話も聞いて頂けない状況でして……ですがアリサ様とお会いになればきっと、その来訪者様も安心される事でしょう」
静かに息を整えて、亜里沙は頷いた。
「分かりました。私をその人と会わせてください」
宰相に案内され、城の3階まで上がる。
華美な装飾の花瓶を通り過ぎ、有名な美術館に飾られていそうな壮大な絵画を通り過ぎ、壁掛けの燭台の心細くなる灯りに照らされた廊下を渡って、落ち着いた装飾のドアの前にやって来る。
外に黒服のメイドが一人待機していた。
宰相は何度か中にいるはずの人物に向かって呼びかけたが、応答がない。宰相はメイドを見た。
「何か問題が?」
「それが……」
メイドは頭を下げて宰相に寄り、小声で何やら話していた。
「そうか……分かった」
そう言って、宰相はもう一度中に向かって声をかける。
「来訪者様、失礼いたします」
ドアが開いて見えた部屋は、窓からの明かりも弱い為やはり薄暗く、想像より広くなかったが、暖炉、ソファ、ティーテーブルに椅子、ラグ、そして天蓋付きベッドも、身分の高い人が暮らすような内装をしていた。
そしてそのベッドの上が乱れており、向こう側に少し見える黒髪に、何となく状況を察する。
「すみません、私一人で話してもいいですか?」
わずかに見えている頭がビクッと揺れた。
亜里沙の頼みが受け入れられ、部屋の中には亜里沙ともう一人だけが残された。恐る恐る近付く。
ティーテーブルには銀色のトレイに優しい色のスープが手付かずで残されている。
シーツを被ってベッドの側で膝を抱えている男子生徒が見えて、亜里沙は少し距離を置いた場所から彼を覗き込んだ。
男子生徒、と言っても、着ているものは白いシンプルなシャツに黒のズボンで、この世界の衣服だ。
「あの……こんにちは」
「え……?」
顔を上げて振り向いたのは、小中高と一緒の、同じ団地に住む同級生だった。
「あれ……!? 秋原くん!?」
「す、鈴木さん……?」
秋原翔。小学生の頃には名前で呼び合っていた事もある幼馴染。
亜里沙の淡い初恋の相手だった人がそこにいた。




