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そして私は、救済の聖女になった。  作者: 五乃ふゆ
第一章

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13/21

亜里沙の戦い

 急に手のひらが汗ばんできた。


「あの……早く取ってください」


 亜里沙の必死な様子を見たロナンは、何がおかしかったのか声を上げて笑うと、さらっととんでもない事を言った。


「アリサさんに差し上げます」


「……え? ええっ?」


「……フロースは採掘もままならず加工も困難である事から、その希少性を求める貴族によって今なお価値が上がり続ける商品です。面倒にさえ目を瞑ればそれなりに採算は取れるでしょう」


 ただ、と続ける。


「その価値とやらは犯罪を助長し、加工の技術を巡って職人同士での諍いが絶えなくなった。あのままでは組合の存続だって危ぶまれた。そんなこと、連中だって嫌というほど分かっているはずなんですけどね」


 何より非効率です、とロナン。


「だから国王陛下にお願いして、私のギルドがフロースを独占出来るようにしたんですよ」


 採掘権はギルドが独占し、組合が掘り出された原石をギルドから買おうとすると、城を買えるくらいの金が必要になったとロナンは言った。冗談のような話だ。


「実はこれは先代マスター、私の父の意思でもあり、父の代から働きかけていた事なんです。

……そんな事も知らないんだからな」


 エストランの事だろう、呆れたような言葉だった。


 ロナンは手のひらを広げたまま難しい顔をする亜里沙を見て、ふ、と笑った。


「でも、貴女の気持ちを明るくする事が出来たのだから、その価値は本物だったようですね」


 亜里沙がロナンを見上げると、亜里沙を優しく見つめる眼差しがあった。


「それ、人に見せないようにしてくださいね」


 あと失くさないでください、と笑いかけてロナンは立ち去った。


 ベンが馬を迎えに来た時、何を言われたのか理解した亜里沙の顔がみるみる熱くなって、熱でもあるのかと驚かせてしまった。


 あれが商人のスキルというやつか。人を喜ばせて商品を買わせるのだ。

 実際亜里沙も恥ずかしいが嬉しかった。


 ただ、こんな小さな物をどう保管しろというのだろう。よくよく考えれば大変な代物を押し付けられた感も否めない。どうしてこれを亜里沙にくれようとしたのだろう?


 あの時、ちゃんと鞄も握っておけば良かったな、と思って、今更ながら路地に放りっぱなしの鞄の中身が誰かに見られる可能性に思い至る。

 胸の中がスッと冷えた亜里沙は、ペンダントを慎重に首にかけて立ち上がった。



 ルイの方の二頭の馬のご飯が終わると、荷馬車は再び走り出した。

 ぬかるみが酷くなって来たので亜里沙は荷台を降りてキーランとロナンに続いて歩き出した。



 それから宿屋に到着する夕方までの間、休憩しながら歩き続けた亜里沙は、体力には自信があるなんて舐めていたと思い知った。この世界を歩くのに、全然足りていない!

 途中で雨に降られなかった事は幸いだ。



 翌日、街道は何とか無事に走行出来そうで、ぬかるみだけが怖いと心配していたルイとベンはほっと息をついていた。


 そしてまた休憩を繰り返しながらの王都への旅。

 街道に出て初日にイドルを見てからは、それ以降に襲撃はない。


 この日の午後には王都に着くと知り、緊張やら不安やらが迫り上がって来る。

 休憩中、街道から見える草地に可愛い花が群生しているのが見えて、亜里沙は近くにいたロナンに伝えてからやって来ていた。


 少し離れた位置に他の四人がそれぞれ荷車の点検をしたり馬に草を食べさせたりしている。


「すごい……天然の花畑だ!」


 花壇で出来た花畑しか見た事がない。花の種類には詳しくないが、故郷で見かけた花のような気がする。


 少し元気を貰った亜里沙が後ろ向きな気持ちを振り払うように意気込んだ時、ふとニーズが起きたような気配がした。


(ニーズ?)


『ああ……ここはどこだ?』


(ここは王都の近くだよ。場所の名前は分からないけど、午後には着くって)


 ニーズにも見えるだろうかと、周辺の景色を見回す。

 亜里沙がいる場所から少し離れた所に小さな森のように木々が密集している所があって、その近くに一軒の家があるのが見えた。


(あんな所に……)


 一昨日見たイドルが思い出されて、あの家の住民が少し心配になる。

 ロナンたちを呼んで様子を見に行くのはどうだろう?


 そう亜里沙が考えた時、ニーズが呻いた。


(ニーズ? どうしたの?)


『ああ……駄目だ……母の、民が……』


 ニーズがそう言った途端、突然、泣きながら助けを求める幼い声が耳に響いた。


 その声は、あの家の方から聞こえる。


「……えっ……? 何、これ……」


 亜里沙は激しく動揺した。姿は見えないのに声だけ聞こえる。

 これはニーズの感覚だろうか? それを亜里沙が感じ取っている?


『……頼む……』


 そう懇願する声がとても苦しそうだ。すぐに、ニーズの気配が消える。

 ニーズが恐らくまた眠ってしまった瞬間、泣き声も聞こえなくなった。



「……だめ……」


 あの声。そんなはずないのに、どうしても重ねてしまう。


「だめ……茉利咲……!」


 妹の名前を口にした亜里沙は衝動的に駆け出していた。




 全力疾走で声の方角を目指し、迷わず家に飛び込んだ亜里沙は、すぐに泣き声の主を見つけた。

 家に近付くほど聞こえるようになったあの悲痛な声。勢いよくドアを開け放つと、悪臭が鼻をついた。

 そして、ドアの近くに、こちらに這おうと必死に腕を動かす幼い少女の姿を見つけたのだ。

 少女は助けを求めて泣いていた。


「うあぁっ……たす、たすけてっ……ああっ、おと、おとーさん……!!」


 泣きじゃくる少女の向こう。足首を掴む何かがいる。


「……ひっ……!」


 亜里沙は一瞬たじろいだ。

 少女の足首を掴むのは、恐らく大人の男性。ただ、明らかに人間じゃなかった。

 ドラゴン型のイドルで見た時よりもはっきりと、肉が腐ったような見た目だと分かる。

 男の腐った体は腹部辺りからドロドロの液体のようなものと混ざり合うようになっていて、その禍々しさから、直感的にあの液体が小さいイドルの巣だと気付く。


 ほんの一瞬、逃げてキーランたちを呼んでくる事を考えた亜里沙は、泣きじゃくる少女の顔を見て自分を奮い立たせた。

 少女に駆け寄って抱き上げようとする。


 亜里沙とイドルに両側から引っ張られる形になった少女が鋭い悲鳴を上げる。

 亜里沙はバランスを崩して少女を抱いたまま前のめりに倒れた。少女を庇って床についた手首が悲鳴を上げる。すぐさま体勢を変え、イドルの腕を両足で挟むような位置に尻餅をついた姿勢を取る。


「くっ……この……!!」


 左腕を強く少女の腰に回して体を密着させ、小さな足にまとわりつく腐った手首を右手で掴む。右足でイドルの頭を蹴って力一杯押しながら、何とか振り払おうとする。


 ゾッとするような低い呻き声を上げながら、イドルの手が離れた。体勢が崩れた瞬間、今度は亜里沙が両足首を掴まれる。

 もの凄い力で引かれて、亜里沙は後ろにひっくり返って腐りかけの木の床に頭を打ちつけた。


「いっ……!!」


 少女はいつの間にか静かになっている。

 後頭部に走り抜ける痛みと衝撃より、足の強烈な痛みに亜里沙は悲鳴を上げた。


「いたっ、ああっ!!」


 少女を抱えたまま何とか肘で体を浮かせて足元を見ると、崩れた顔のイドルがこちらを睨め付け、唸りながら亜里沙の両足を掴んで引き摺り込もうとしている。


 男の腹部にあった泥沼がじわじわと広がっていく。


「やっ……やめてっ! 放して!!」


 再び足に味わった事のない痛みが走った。

 あまりの痛みに全身の力が抜け、亜里沙の口からは悲鳴ではなく呻き声が上がる。



 亜里沙の意識がぼやけた時、家に飛び込んできたものがあった。

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