第6話 管理する者たち
学校は、静かすぎた。
あの日――ミサキの家の事故以来、
教室の空気が、どこか張りつめている。
誰もがスマホを伏せ、
誰もが「何か」を隠している。
ユウのデバイスは、
朝から一度も鳴っていなかった。
それが、かえって不気味だった。
昼休み。
校内放送が、唐突に流れる。
『二年一組、相羽ユウ。
至急、職員室まで来てください』
心臓が、嫌な音を立てた。
周囲の視線が、一斉に集まる。
――来た。
職員室の奥。
会議室に通された瞬間、
ユウは“普通じゃない”と悟った。
スーツ姿の大人が、三人。
全員、名札はない。
その背後のモニターには、
街の地図と、無数の赤点。
「相羽ユウ君だね」
一番年上らしい男が、穏やかに微笑んだ。
「怖がらなくていい。
君を守るために来た」
その言葉に、
ユウの背筋が冷える。
――“守る”。
それは、
これまで何度も聞いた言葉だ。
「……何の用ですか」
男は、机にタブレットを置いた。
画面には、
恐竜のデータログ。
しかも――
ユウの恐竜のものだった。
「君が育成している個体だ。
正式名称は――」
「名前なんて、つけてない」
思わず、声が荒くなる。
男は、少しだけ驚いた顔をした後、
すぐに元に戻った。
「失礼。
我々は“管理局”だ」
「管理……?」
「正式には、
デジタル生命体統合管理機構」
長い名前。
覚えさせる気がない名前。
「先日の事故で、
我々は確信した」
男が、モニターを切り替える。
ミサキの家。
崩れた天井。
ノイズに覆われた映像。
「これは、偶然ではない」
ユウは、拳を握りしめた。
「……あれは……
事故だ」
「いいや」
男は、静かに首を振る。
「必然だ」
その言葉が、
胸に突き刺さる。
「デジタル恐竜は、
個人が扱える存在ではない」
「君たちは、
“善意”で育てている」
「だが――
善意は、制御にならない」
ユウは、立ち上がった。
「じゃあ、
回収して、閉じ込めるんですか」
「保護する」
即答だった。
「管理し、
安全な形で運用する」
「必要なら、
廃棄も検討する」
言葉が、空気を凍らせる。
「……それ、
生きてるって認めてるんだよな」
男は、少しだけ目を細めた。
「生きているからこそ、
管理が必要なんだ」
その理屈に、
反論できる言葉が見つからない。
だが――
納得も、できない。
「俺の恐竜は、
まだ何も壊してない」
「今は、ね」
男は、地図を拡大した。
赤点が、
確実に増えている。
「すでに、
暴走予兆は全国規模だ」
「君一人の選択が、
街を止める可能性がある」
ユウの喉が、鳴る。
それは、
否定できない事実だった。
「だから、提案だ」
男は、タブレットを差し出した。
「君は、協力者になれる」
「恐竜を、
我々に預ける代わりに」
「情報を共有し、
育成ノウハウを提供してほしい」
協力者。
聞こえはいい。
だが、それは――
手放すということだ。
ユウは、デバイスを握りしめた。
ポケットの中で、
恐竜が、小さく動く。
まるで、
拒絶するように。
「……考えさせてください」
男は、微笑んだ。
「もちろんだ」
「だが――
時間は、あまりない」
その夜。
ユウは、自室で恐竜と向き合っていた。
恐竜は、
何も知らない顔で尻尾を振る。
「……なあ」
ユウは、呟く。
「守るって、
どういうことなんだろうな」
デバイスが、静かに光る。
『育成者心理状態:葛藤』
『選択猶予:短』
ユウは、
恐竜を抱きしめた。
管理される未来。
失われる未来。
どちらも、
正解に見えない。
窓の外で、
遠くサイレンが鳴った。
もう、
逃げ場はない。
この世界は、
恐竜を“守る”ために、
恐竜を奪おうとしている。
ユウは、決めかねたまま、
夜を迎えた。




