第52章 ログの向こう側
放課後の教室。
窓から差し込む夕陽が、机を橙色に染めている。
誰も急いで帰ろうとしなかった。
ユウはデバイスを机に置く。
右上の表示。
《D-Index:04》
《Type:Stable》
「最初さ」
ケンタがぽつりと言う。
「暴走したとき、正直ビビった」
あの時。
芽が暴れ、
機器が乱れ、
教室がざわついた。
「俺、全部消したほうがいいって思った」
ケンタは自分の画面を見る。
《D-Index:01》
《Type:Stable》
「でも今は?」
アヤが聞く。
「……わかんない」
少し笑う。
「でも、ゼロのままじゃなくてよかった気はする」
ミホがうなずく。
「私も、怖かった」
「でも、怖いから消すって、ちょっと違うなって思った」
リョウは窓の外を見る。
「管理側も間違ってたわけじゃない」
「安全は必要だ」
「でも」
振り向く。
「安全の定義が、狭かっただけだ」
ユウは、恐竜を見る。
あの日、沈黙したときのことを思い出す。
干渉しなかった時間。
色を守った瞬間。
「僕たち、育ててたつもりだったけど」
「育てられてたのかもな」
恐竜が、静かに瞬く。
デバイスに、観察ログが表示される。
最初の記録。
《初期リンク完了》
次の記録。
《暴走発生》
そして。
《観察選択》
《安定型個体差確認》
《指数再定義》
すべて残っている。
消えていない。
「ログってさ」
アヤが言う。
「間違いも全部、残るんだね」
「だから意味があるんだろ」
リョウが答える。
ユウは、恐竜の頭に触れる。
「次は、どうなると思う?」
恐竜は答えない。
ただ、ゆっくりと円を描く。
最初よりも小さく、
でも、確かにそこにある円。
校庭では、StandardもStableも混ざって歩いている。
色の濃淡は違う。
だが、ぶつからない。
完全な平和ではない。
監視は続いている。
指数もある。
それでも。
消されない。
「第1章のころさ」
ケンタが言う。
「こんなことになるって思ってたか?」
ユウは笑う。
「思ってない」
「ただ、育てるだけだと思ってた」
「結局」
ミホが言う。
「育てるって、消さないってことだったのかもね」
夕陽が沈む。
教室の光が、ゆっくり薄くなる。
デバイスの画面に、小さな新表示が出る。
《Log Archive Complete》
それは終わりの通知ではない。
一区切りの印。
ユウは、深く息を吸う。
「……次は、もっと上手くやれる気がする」
恐竜が、はっきりと瞬く。
肯定。
世界はまだ未完成だ。
だが、彼らは知った。
違いは、すぐに危険にはならない。
消さなくても、育てられる。
ログは、続いていく。




