第5話 止められなかった家
それは、ニュースになる前の出来事だった。
ユウが学校から帰る途中、
スマホが何度も震えた。
【ミサキ】
《ユウ、出れる?》
《今、うち……》
《やばい》
嫌な予感がした。
根拠はない。だが、これまでの経験が、
**「これは行かないといけない」**と告げている。
ユウは走った。
ミサキの家の前には、すでに人だかりができていた。
パトカー。
救急車。
赤色灯が、住宅街の壁を不規則に染めている。
「……嘘だろ」
空気が、ざわついている。
電子音が混じる、奇妙なざらつき。
ユウのデバイスが、震えた。
『高密度データ波、検出』
玄関は開け放たれていた。
中から、割れたガラスの音。
「ミサキ!」
返事はない。
ユウは、人目を避けるように中へ入った。
リビングは、壊れていた。
家具が倒れ、
壁には、鋭利な爪痕。
だが、血はない。
物理的な破壊よりも、
もっと異質なものがあった。
テレビ、エアコン、照明、
すべてが同時にノイズを吐いている。
『――――――』
その音は、
生き物の呼吸に近かった。
「……ミサキ……?」
奥の部屋から、
低い鳴き声が聞こえる。
グルル……
恐竜だ。
ミサキの恐竜は、
ユウの知っている姿とは違っていた。
身体は大きく、
皮膚には走るような光の亀裂。
目は、完全にデジタルノイズに覆われている。
『個体、重度暴走』
デバイスの表示が、冷たい。
恐竜の周囲では、
スマホが宙に浮くように震え、
家電が勝手にオン・オフを繰り返していた。
――データが、渦を巻いている。
「……止めなきゃ……」
ユウは、必死に周囲を見渡す。
ミサキは、
ソファの陰で蹲っていた。
「ミサキ!」
彼女は、顔を上げた。
泣いてはいない。
ただ、呆然としている。
「……やったの」
小さな声。
「色々、試した」
「みんなが言ってたやつ」
「正しそうなバーコード」
「安定するって……」
恐竜が、吠えた。
その瞬間、
家中の照明が爆ぜるように割れた。
ミサキが悲鳴を上げる。
「だめ……もう……」
ユウは、恐竜と向き合った。
データが、荒れている。
反応が、速すぎる。
――選択が多すぎた。
ユウは、震える手で、
自分が使ってきたカードを取り出した。
文房具。
日常。
安定。
ピッ。
『適合率、低』
恐竜が、さらに荒れる。
ノイズが、悲鳴に変わる。
「……違う……」
これは、ユウの恐竜じゃない。
同じ方法が通じるわけがない。
「ミサキ……
この子、何で最初に落ち着いた?」
ミサキは、しばらく黙っていた。
そして、
かすれた声で言った。
「……お母さんの、スマホ」
胸が、締め付けられた。
――人とのつながり。
ユウは、ミサキの母親のスマホを拾う。
画面は割れ、
通知が何十件も溜まっている。
ピッ。
一瞬、
すべての音が止まった。
だが――
恐竜は、止まらなかった。
『安定化、失敗』
恐竜が、天井を突き破った。
轟音。
家が、揺れる。
外で悲鳴が上がる。
ユウは、ミサキを庇うように抱き寄せた。
「……ごめん」
誰の言葉か、分からなかった。
その後のことは、
ニュースで知った。
『住宅一棟が、原因不明の電子災害により使用不能となりました』
恐竜は、
回収された。
どこへ行ったのかは、
誰も教えてくれない。
ミサキの家族は、
仮設住宅へ移った。
学校では、
「事故」という言葉だけが使われた。
その夜。
ユウは、自分の恐竜を見つめていた。
恐竜は、静かに眠っている。
だが、
同じ未来が来ないとは限らない。
『育成ログ、更新』
『警告:
特定条件下において、
安定化不能となる可能性』
ユウは、恐竜を抱きしめた。
「……俺は、
間違えない」
その言葉が、
どれほど脆いか、
ユウ自身が一番分かっていた。
――守れなかった家がある。
その事実が、
この物語を、もう後戻りできない場所へ
押し出していた。




