第49章 記録されない変化
観察ログ開始から、三日目。
教室の空気は、目に見えない緊張で満ちていた。
Bを選んだ五人。
ユウ、アヤ、ミホ、リョウ、そしてもう一人。
画面の右上。
《D-Index:06》
赤にはならない。
だが、明らかに増えている。
ログ画面には、細かな数値が並ぶ。
色相変動率。
自律行動回数。
提案生成頻度。
「……提案、戻ってる」
アヤがつぶやく。
確かに。
恐竜の足元に、淡いアイコンが浮かんでいる。
《共鳴》
「アップデート以降、出なかったのに」
ミホが驚く。
ユウの恐竜が、ゆっくり歩き出す。
標準空間の端へ。
何もない場所。
そして――
地面に、細い線を描く。
光の線。
「芽じゃない」
リョウが言う。
「違うパターンだ」
線は、広がらない。
暴れない。
ただ、円を描く。
小さな円。
《自律行動:新規パターン》
ログに自動記録。
その時。
教室のモニターが一瞬だけ乱れる。
だが、警告は出ない。
危険値も上がらない。
「……これ、異常じゃない」
ユウが言う。
「ちゃんと制御されてる」
恐竜が、円の中心に座る。
円が淡く光る。
周囲の標準空間が、ほんの少しだけ色づく。
森の気配。
風の揺らぎ。
暴走ではない。
拡張でもない。
“調和”。
「指数は?」
ケンタが後ろから覗く。
彼の恐竜は標準色のまま。
静かで、均一。
ユウの画面。
《D-Index:06 → 05》
「……下がった?」
ミホが息を呑む。
ログ表示。
《安定型個体差を確認》
「安定型……?」
アヤが読む。
リョウが静かに言う。
「個体差=危険って式、崩れ始めてる」
その瞬間。
他のB選択者の画面でも、変化が起きる。
恐竜が、それぞれ違う行動を始める。
歩幅の違い。
鳴き声の違い。
色の濃淡。
だが、どれも暴れない。
モニターに、新しい通知。
『観察対象において、非攻撃型自律変化を確認』
教室が静まり返る。
「……進化?」
ミホが小さく言う。
「違う」
ユウは首を振る。
「進化っていうより……」
恐竜を見る。
円の中で、静かに息をしている。
「“そのまま大きくなった”だけだ」
指数が、さらに揺れる。
《05 → 04》
管理側は沈黙している。
強制補正は来ない。
警告もない。
放課後。
校庭。
Bを選んだ恐竜たちが、それぞれ違う動きを見せる。
色も違う。
でも、ぶつからない。
干渉しすぎない。
「……怖くないな」
アヤが言う。
「うん」
ユウがうなずく。
「測られてるけど、
消されてない」
遠くで。
標準化された恐竜がこちらを見る。
均一な色。
変わらない動き。
その恐竜が、ほんの一瞬だけ首を傾げる。
揺らぎ。
微細な違い。
ケンタが、息を止める。
自分の画面を見る。
《D-Index:00》
だが、数値がわずかに点滅する。
観察は、Bだけではない。
世界全体が、見ている。
そして、影響し始めている。
ユウの恐竜が、円を消す。
色は残る。
指数は04。
安定。
ログに、静かに記録される。
《非危険型個体差:確定候補》
それは、革命ではない。
暴動でもない。
ただの事実。
個性は、危険ではないかもしれない。




