第3話 ノイズは、世界に滲み出す
異変は、音から始まった。
ユウが目を覚ましたのは、
目覚まし時計が壊れたような電子音を鳴らし続けていたからだ。
「……なに、これ……」
時計の表示は、
00:00と12:87を行き来している。
意味のない数字。
あり得ない時間。
机の上では、あの恐竜――
ユウがまだ名前をつけられずにいる幼体が、丸まって眠っていた。
だが、その呼吸に合わせて、
部屋の空気が微かに震えている。
スマホが勝手に点灯した。
画面いっぱいに走る、ノイズ。
「……まさか」
恐竜が、ぴくりと尻尾を動かす。
その瞬間、
テレビが勝手についた。
『――――――』
砂嵐。
だが、そのノイズの奥で、
低い唸り声のような音が混じっている。
ユウは息を呑んだ。
「……同期、してる……?」
恐竜の呼吸。
電子ノイズ。
不気味なほど、リズムが同じだった。
『警告』
卵型デバイスが、低く鳴る。
『周辺デジタル環境、干渉率上昇』
「……干渉?」
次の瞬間、
部屋の照明が一斉に消えた。
「うわっ!?」
真っ暗。
だが恐竜の輪郭だけが、
淡いデジタル光で浮かび上がっている。
恐竜が目を開いた。
黒い瞳の奥に、
無数の光点が瞬いた。
『個体、軽度暴走状態』
「ちょ、待て……!
今は何もしてないだろ!」
だが恐竜は答えない。
代わりに――
バチッ
部屋のコンセントから、火花が散った。
スマホが床に落ち、
勝手にアプリが起動と終了を繰り返す。
通知音。
エラー表示。
再起動。
恐竜が、低く鳴いた。
グルル……
それに呼応するように、
家の外からも音がする。
車のクラクション。
警報音。
遠くで誰かが怒鳴っている声。
ユウは、窓に駆け寄った。
――信号機が、全て黄色で点滅していた。
「……街、全体……?」
『現在、個体のデータ波が周辺ネットワークに拡散』
ユウの背中に、冷たい汗が流れる。
これが、
自分の恐竜のせいだとしたら?
「止めないと……!」
ユウは必死に部屋を見回す。
前に成功したのは、
文房具。
落ち着く、思考を整えるもの。
だが今回は、違う。
影響は、家の外にまで出ている。
「……もっと、安定するもの……」
そのとき、机の端に置かれた
家族写真の入ったデジタルフォトフレームが目に入った。
電源は落ちている。
だが、そこに映るはずだったものを、ユウは覚えている。
――家族。
日常。
壊れていない世界。
ユウは、フォトフレームの裏面をスキャンした。
ピッ。
『データ取得』
一瞬、恐竜が強く身を震わせる。
部屋中の電子音が、同時に途切れた。
沈黙。
数秒後、
照明が戻る。
テレビは消え、
スマホは通常画面に戻っていた。
恐竜は、
ゆっくりとその場に伏せた。
荒い息。
だが、目の光は穏やかだ。
『安定化処理、完了』
ユウは、その場に座り込んだ。
「……街まで、影響してた……」
つまりこれは、
遊びじゃない。
恐竜がいるだけで、
世界が歪む。
スマホが鳴る。
【ミサキ】
《今、そっちも?》
《信号おかしくなってた》
《……うちのも、ちょっと暴れた》
ユウは、恐竜を見る。
恐竜は、短く鳴いた。
キュル。
その小さな体が、
街のデジタルを揺らしたという事実が、
ユウの胸に重くのしかかる。
――もし、もっと大きくなったら?
――もし、止められなかったら?
卵型デバイスが、静かに表示を変えた。
『育成ログ更新』
『特性追加:
・周辺デジタル環境への影響(低)』
低、という文字が、
今はまだ救いに見えた。
だがユウは、直感していた。
これは、
いずれ“低”では済まなくなる。
世界はもう、
元のままではいられない。




