第2話 孵ったものは、恐竜だった
卵は、眠らなかった。
正確には――ユウが眠らせてもらえなかった。
夜中、何度も微かな振動が布団越しに伝わってくる。
机の上に置いたはずの卵型デバイスは、今も淡く脈打つ光を放っていた。
「……朝になったら、学校に持って行こうとか、
そういうレベルじゃないよな……」
昨日の騒ぎは、ニュースでは「原因不明の集団幻覚」「デマ映像」として処理されていた。
だが、ユウは見た。
校舎の向こうで、確かに巨大な影が動いたのを。
卵が、コンと内側から叩かれる。
『個体安定度、低下』
「安定って……」
画面もないはずのデバイスから、光のラインが浮かび上がる。
数字、波形、意味の分からない英数字。
『育成環境が不足しています』
「だからって、何を――」
その瞬間、ユウの視界に、昨夜使ったレシートが入った引き出しが映った。
「……また、これ?」
半信半疑でスリットに近づける。
ピッ。
『同一データ検出。効果、限定的』
卵の振動が、強くなる。
――まずい。
理由は分からない。
だが直感が、これは間違っていると告げていた。
「えっと……違う、違う物……」
部屋を見回す。
教科書、ペンケース、スマホ、ゲーム機。
とっさに手に取ったのは、机の上のシャープペンだった。
ピッ。
『新規データ取得』
卵が、静かになる。
「……止まった?」
安堵した、その瞬間だった。
――パキッ。
卵の表面に、細い亀裂が走る。
「え……?」
次の瞬間、
殻が内側から押し破られた。
小さな頭。
鈍い光沢のある皮膚。
ぎこちない動き。
それは――恐竜の幼体だった。
「……うそだろ」
サイズは猫ほど。
だが、間違えようがない。
図鑑で見たことがある形。
小さな恐竜は、ぎこちなく顔を上げ、
黒曜石のような目でユウを見る。
『個体、孵化確認』
恐竜が、鳴いた。
キュル……
可愛い、と思ったのは一瞬だけだった。
恐竜の身体が、不自然に硬直する。
『警告。
環境データ不整合。
個体、不安定化進行』
「え、ちょ、待って――!」
恐竜が、机の角を噛み砕いた。
木片が飛び散る。
「うわっ!?」
次は壁。
次は床。
動きは遅いが、力が異常だ。
「やばい、やばい……!」
ユウは必死に部屋を見回す。
何が“正しい”のか分からない。
でも、さっきは止まった。
文房具。
勉強道具。
落ち着くもの。
引き出しを開け、
母が置いていったメモ帳を掴む。
ピッ。
『安定化データ取得』
恐竜の動きが、徐々に鈍る。
数秒後、
その場にへたり込むように座り込んだ。
荒い息。
小さな体。
「……止まった……?」
恐竜は、ゆっくりとユウを見上げた。
さっきまでの荒々しさはない。
だが、どこか怯えたような目。
ユウは、震える手でそっと近づく。
「……ごめん」
何に対しての謝罪か、自分でも分からない。
ただ、はっきりしたことが一つあった。
――この恐竜は、自分の選択で暴れた。
――そして、別の選択で止まった。
『初期育成ログを記録します』
デバイスが淡く光る。
『個体特性:
・人為刺激への反応過敏
・安定化傾向:知覚集中型』
意味は分からない。
だが、取り返しのつかない“何か”が刻まれた気がした。
そのとき、スマホが鳴る。
【友達:ミサキ】
《ねえ……それ、あんたのとこにも出た?》
《卵みたいなやつ》
ユウは、恐竜を見下ろした。
恐竜は、短く鳴いた。
キュル。
この世界には、
もう自分だけじゃない。
そして――
間違えれば、もっと酷いことが起きる。
ユウは、そう確信していた。




