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第16章  動かない限界

 恐竜は、動かなかった。


 観測区が設けられてから、

 もう一週間が経つ。


 その間、

 大きな被害は出ていない。


 ――それが、

 一番の問題だった。


「……数字だけ見れば、

 成功なんだよ」


 管理局臨時拠点。


 モニターに映るグラフは、

 安定している。


「電力障害、軽微」

「通信遅延、許容範囲」

「住民被害、ゼロ」


 誰も、

 喜ばなかった。


 責任者が、

 低く言う。


「だが……

 この状態を、

 続ける根拠がない」


 観測は、

 期限付きだった。


 仮設。

 例外。

 一時対応。


 それが、

 前提だった。


 だが恐竜は、

 動かない。


 暴走もしない。

 消えもしない。


 終わらせる理由が、

 見つからない。


「……住民から、

 要望が来ています」


 職員が、

 資料を差し出す。


「戻りたい」

「いつまで続くのか」

「子どもを近づけたくない」


 どれも、

 正当だった。


 恐竜は安全かもしれない。


 だが――

 安心ではない。


 フェンスの外。


 抗議でも、

 暴動でもない。


 ただ、

 人が集まっている。


 黙って。

 静かに。


「……怖いんです」


 一人の女性が、

 記者に答える。


「何もしないのが、

 一番怖い」


 その言葉は、

 観測区の空気を

 正確に表していた。


 ユウは、

 その声を聞いていた。


 恐竜のそばで、

 じっと。


 恐竜は、

 相変わらず動かない。


「……ごめん」


 誰に向けた言葉か、

 分からない。


 恐竜にか。

 街にか。

 自分にか。


 答えは、返らない。


「……このままじゃ、

 どっちかが壊れる」


 アヤが言う。


「恐竜か」

「人か」


「……たぶん、

 人の方が先」


 リョウが、

 苦く笑う。


 誰も、

 否定できなかった。


 その夜。


 管理局は、

 非公開会議を開いた。


「……段階二に移行する」


 責任者の声は、

 硬い。


「強制排除ではない」


「だが……

 環境を変える」


 誰かが、

 息を呑む。


「街の方を?」


「はい」


 恐竜を動かせないなら、

 周囲を動かす。


 通信遮断。

 電力低下。

 人の流れを止める。


 “住めなくする”


 合法。

 合理的。

 そして――

 残酷。


 ユウは、

 その計画を知らない。


 ただ、

 夜風が変わったことに

 気づいた。


 空気が、

 少し冷たい。


 恐竜の体表を、

 微細な粒子が走る。


 それは、

 警戒でも、

 拒否でもない。


 違和感だ。


 翌朝。


 観測区の電力が、

 計画的に落とされた。


 街灯が消え、

 店舗が閉まり、

 人が減る。


「……始まったな」


 リョウが、

 呟く。


 恐竜は、

 初めて――

 首を大きく動かした。


 周囲の粒子が、

 一瞬、濃くなる。


 だが、

 破壊は起きない。


 逃走も、ない。


 ただ、

 世界が変わったことを

 感知しただけ。


「……動く?」


 アヤが、

 息を詰める。


 ユウは、

 首を振った。


「まだだ」


「でも……

 このままじゃ」


 言葉の続きを、

 誰も言わなかった。


 分かっている。


 恐竜が動かなくても、

 人間が限界に来る。


 その瞬間が、

 近づいている。


 恐竜は、

 再び静止した。


 だが、

 その姿は変わっていた。


 ただ居るだけ、ではない。


 周囲を“待っている”


 何をかは、

 誰にも分からない。


 選択か。

 排除か。

 それとも――

 崩壊か。


 世界は、

 もう後戻りできない。


 動かない恐竜の前で、

 人間の方が、

 先に揺れ始めていた。

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