第12話 選ばれなかった街
朝だった。
通勤電車が動き、
店がシャッターを開け、
人々が「いつも通り」を始める時間。
――その“いつも通り”の中に、
恐竜はいた。
高架下から少し離れた、
古い住宅街。
ユウたちは、
そこで立ち止まるしかなかった。
「……ここ以上、
進めない」
アヤの声は、震えている。
理由は明白だった。
恐竜が、
歩かない。
いや、正確には――
歩くことを拒否している。
前肢の不完全な装備構造が、
不安定に揺れている。
支えにも、
武器にも、
ならない中途半端な形。
それが、
恐竜の“今”だった。
「……抱えて、
行けないか?」
リョウが言う。
ユウは、
すでに限界だった。
重さの問題じゃない。
恐竜が、
移動を受け入れていない。
力を入れるたび、
恐竜の内部で
ノイズが跳ねる。
『警告:
個体意思、
外部介入を拒否』
「……意思、って」
ユウは、
唇を噛んだ。
育ててきた。
世話もした。
選択もしてきた。
それでも――
今、恐竜は
ユウの言うことを聞かない。
恐竜が、
ゆっくりと首を上げた。
視線の先。
古いアパート。
電線。
子ども用の自転車。
人の生活が、
そのまま残る場所。
次の瞬間。
空気が、歪んだ。
音が、
一瞬だけ遅れて届く。
バチッ。
電線の一部が、
デジタルノイズを帯びて弾けた。
「……っ!」
街灯が消える。
信号が停止する。
だが、
恐竜は暴れていない。
吠えてもいない。
ただ、
存在しているだけ。
「……これ、
暴走じゃない」
アヤが、呟く。
「選んでない」
「戦ってない」
「……なのに」
住宅の窓から、
悲鳴が上がる。
スマート家電が、
一斉に誤作動を起こす。
画面が、
意味のない文字列を流す。
「街が、
拒否されてる……」
リョウの言葉に、
誰も返せなかった。
正確には逆だ。
街の方が、
恐竜に適応できていない。
ユウは、
恐竜の前に立った。
「……行こう」
言葉は、
もう命令じゃない。
お願いでもない。
ただの、
意思表示だ。
恐竜は、
ユウを見る。
その目に、
感情は読み取れない。
だが――
一歩、動いた。
ほんの少し。
それだけで、
周囲のノイズが、
わずかに収まる。
「……今の」
「……選んだ?」
アヤが、
息を呑む。
違う。
ユウは、
はっきり分かっていた。
「……選んでない」
「たまたま、
そうなっただけ」
その瞬間。
管理局のドローンが、
上空に現れた。
赤いランプ。
拡声器から、
無機質な声。
『未管理個体を確認』
『周辺住民の安全のため、
個体の引き渡しを要請します』
誰も、
即答できない。
正論だ。
正しい。
だが――
恐竜が、
一歩後退した。
それだけで、
ドローンの映像が乱れる。
『……信号障害』
恐竜は、
管理局を見ていない。
見ているのは、
街でも、
子どもたちでもない。
ただ、
自分の立っている場所。
「……ほら」
リョウが、
乾いた笑いを浮かべる。
「誰の選択も、
通ってない」
恐竜は、
人の都合を知らない。
善も、
悪も、
正しさも。
だからこそ――
止められない。
その日、
住宅街一帯が
立ち入り制限区域になった。
原因は、
「不明」。
管理局の発表では、
システム不調とされた。
だが、
ユウは知っている。
あれは、
誰かが間違えた結果じゃない。
恐竜が、
初めて
何も選ばなかった結果だ。
選ばないことが、
これほど世界を揺らす。
その事実を、
この街は、
静かに知ってしまった。
そして――
もう、元には戻らない。




