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第10話  つけてはいけないもの

 最初に気づいたのは、

 爪の音だった。


 コツ、コツ、と

 コンクリートを叩く、硬い音。


 ユウは、視線を落とした。


「……伸びてる」


 恐竜の前肢。

 そこに、本来ないはずの形状が浮かび上がっている。


 透明に近い、

 だが確かに“硬さ”を感じさせる爪。


 デジタルノイズが、

 刃の縁に沿って走っていた。


『仮想装備、形成中』


 デバイスの表示に、

 ユウは息を呑む。


「……勝手に?」


 違う。

 思い当たることがあった。


 数時間前。


 地下モールの奥で、

 彼らは“試してしまった”。


「これと、これを……

 組み合わせたら、どうなると思う?」


 リョウが差し出したのは、

 工具メーカーのバーコードと、

 交通系ICカードの読み取りデータ。


「耐久と、移動」

「ARKなら、

 装備になるやつだろ」


 誰も、否定しなかった。


 試さない理由が、

 もうなかったからだ。


 ピッ。


『複合データ、生成』


『仮想構造体、

 個体適合を開始』


 その結果が――

 今、目の前にある。


「……外せるよな?」


 アヤが、不安そうに言う。


 ユウは、

 デバイスを操作した。


 解除。

 削除。

 リセット。


 だが――


『警告:

 構造体、

 個体データに定着』


「……定着?」


 嫌な言葉だった。


 恐竜が、

 ゆっくりと歩き出す。


 その一歩ごとに、

 周囲の電子音が乱れる。


 自販機の表示が、

 一瞬だけ文字化けした。


 街灯が、ちらつく。


「……まずい」


 リョウが、後ずさる。


「これ、

 強くなったとかじゃない」


 ユウも、分かっていた。


 これは――

 環境への干渉が増えただけだ。


 恐竜は、

 何かを壊そうとしない。


 吠えもしない。

 暴れもしない。


 ただ、

 “そこにいるだけ”で、

 周囲が歪む。


『干渉率、上昇』


『安定閾値、低下』


「……爪、

 いらなかった」


 その言葉は、

 後悔だった。


 ARKなら、

 装備は前進だ。


 だが、この世界では違う。


 足し算は、

 必ずしも強化じゃない。


 突然、

 恐竜が立ち止まった。


 前肢の爪が、

 微かに震える。


 次の瞬間。


 地面に、

 細い亀裂が走った。


 物理的な割れではない。


 デジタルノイズの裂け目。


「……やばい!」


 ユウは、

 必死にデバイスを操作する。


 だが、

 解除できない。


 削除も、

 巻き戻しも、

 受け付けない。


『装備構造、

 個体判断により保持』


「……選んだの、

 こいつ……?」


 恐竜は、

 ユウを見た。


 その目には、

 喜びも、怒りもない。


 ただ、

 “そうなった”という結果だけがある。


「……逃げよう」


 アヤが、言った。


「ここ、

 長くいられない」


 誰も反対しなかった。


 恐竜を中心に、

 街が少しずつ

 “合わなくなっている”。


 それが、

 肌で分かる。


 移動中、

 ユウは、恐竜に触れた。


 爪は、冷たい。


 だが、

 完全な異物ではない。


「……ごめん」


 誰に向けた言葉か、

 自分でも分からなかった。


 選んだのは、

 自分だ。


 だが、

 受け入れたのは、恐竜だ。


 その夜。


 管理局の監視網に、

 異常が記録された。


 《未管理個体、

 装備構造を確認》


 《想定外の

 適応行動》


 研究員の一人が、呟く。


「……装備は、

 禁止にして正解だったな」


 別の誰かが、

 画面を見つめたまま答える。


「いや……」


「問題は、

 装備じゃない」


「選択が、

 もう個体に返らない段階に

 入っている」


 ユウは、

 夜の高架下で立ち止まった。


 恐竜は、

 新しい爪を持ったまま、

 静かに呼吸している。


 強くなったわけじゃない。


 便利にもなっていない。


 ただ――

 戻れなくなった。


 それが、

 初めての装備が教えてくれた、

 現実だった。

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