言語が持ちうる呪いについて
最初に書いておきますが,この文章はただのファンタジーが好きな大学生が考えた妄想を供養するために書いている文章なんで起承転結も何もありません.完全なフィクションであり読んでためになることもありません,それでもいいという人だけ読んでください
ある時,エコーチェンバーについて調べていたんです.とりあえずエコーチェンバーについて簡単に解説しますね,
現代の多くのSNSは滞在時間を延ばすために都合のいい情報を表示する構造を持っているんです.それはまあいいんですが,それによって思考が偏ってしまうことがあるんですね.これを自分の声だけが響く空間になぞらえてエコーチェンバーっていうんです.
これが起こると何が正しいかわかんなくなっちゃう,それって怖いなって.なんで何か対策はないかと調べていたら,効果的な対策として常識を証明することが挙げられていたんですね.じゃあやってみるかって,「私が存在すること」を証明しようとしてみたんです.
まず,私を定義して,次に存在を定義して…
ここでふと,言語もできることなら定義したいなって,言語も先入観になってしまうなって感じたんですね.
つまり,「人間という種全体が、人間が作った『言語』という壁の中で、人間の論理だけを反響させている」っていう風に考えると,言語も広い意味でエコーチェンバーの要因になっているんじゃないかと.
じゃあ現在使用されている言語を誰かが構築したとすれば,その人が隠したい秘密を言語化できないようにしているかもって,そこで思いついちゃったんです.
私たちの思考(機械に例えるとOSですね!)ってほとんどの場合母国語でできていて,それで体(機械に例えるとハードでしょう)を制御している.
それなら,この母国語に体や思考を制限する機構を仕込んで,さらにそれに気づけないような,気づいても戯言ってとらえたり,考えられなくするような呪いを仕込んでいたらって
まあここまで考えて,「これ以上考えても無駄だな」って思っちゃったんで放置しましたし,論理の飛躍を説明できる不可解な言語構造を見つけたわけでもないんですが,こんな設定が好きな人もいるかもしれないんで投稿してみました.
こんなくそつまらん大学生の戯言をここまで読んでくれてありがとう!




