魔王
書類仕事が好きな悪魔がいれば、すぐにでも魔王の座を譲るのだが、と無理に登城させて、仕事を振った公爵を見ながら今代の魔王は思った。
当の公爵は、見てないで仕事しろ、と思っている。
侯爵の頃は文句も言わずに仕事をしてくれたのだが、やはり爵位に魔力が見合わないためか、知能が落ちているため、書類の整理がひどく苦になった様子で、苛立ちやすくなっているのだろう。
見合う立場に戻してやりたいが、12人いないといけないはずの公爵が、現在8人。
そのあたりを微調整するために4人まで大公を置けるのだが、連中が謀反したため、今、窓の外で雌の狼の姿で雄狼たちに交尾させられているし。まあ、その刑に処したのは魔王だが。
300年ぐらいそうしているので、自分が悪魔なのも忘れてそうだ。二人は魔王の兄弟だった。
ことの起こりは、大公(兄弟)二人の謀反で城が壊され、100年ほど、この二人を自分で罰するために追いかけて城を空けていたため、寿命50年の野良や平悪魔にしてみたら、戻った魔王は新魔王でしかない。
「100年前にいた私が戻ってきたんですよ」
と言い続けるのが、だるい。だったらもう、新魔王でいい。
再就任儀式が面倒だったので、やったことのある普通の魔王就任祭をしたため、最近の、在位300年祭が成り立った。死なない高位層が把握していれば問題ないなと割り切って。
魔王不在の間に、公爵4人が仲違いをして、魔王が再就任とか忙しくしていたら、戦争が勃発して(公爵クラスになると国家規模だから)、ごたごたしていたら、ついぞ最終決戦で負けそうになった公爵の一人の放った無差別大規模魔法で公爵4人(放った自分も)、侯爵6人、伯爵22人、子爵140名、男爵・準男爵騎士爵数えきれず、
という数がロストした
勝者が生きていれば、爵位を継承すればいいのだが、全滅すると爵位がロストするのだ。
魔王は領地・爵位の杖を再生して、爵位に見合う格の悪魔に爵位を授与するのだが。
高位ほどたやすく杖は再生できるのだが、伯爵あたりになると再生にものすごくの力を消費する。
ちなみに公爵、粒金4グラム。侯爵小金貨2枚、伯爵大金貨25枚 子爵白金貨8枚
という。
杖を再生するのは簡単?だが、格のあう悪魔を探すのが大変な高位貴族層。
探せばまあ授与できる悪魔がごろごろ居るが、杖の再生のコストが半端ない下位貴族層。
魔界側もなかなか縛りプレイを魔王に要求する。
魔王は再生を投げた、というか。
「もー、無理」
と思ってしまって、手を付けていない。
その殺し合った公爵だって、この魔王がロストした杖を再生して、就任させた連中であったので。
苦労が木っ端みじんにされて、やる気がなくなってしまった。
とはいえ、このままではまずいのもわかっている。
魔界は爵位持ちの持つ「領地棒」とか「領地杖」と呼ばれる存在の結界の力で維持されているのだ。
ロストしたままだと、人間界との時間の流れは乖離するし、あちらとこちらの壁が薄くなる。
弱い悪魔が、儀式もなしに人間界に呼ばれていく。
「誰かが、唯一の魂と巡り会ってくれればいいんだがな」
「それ、出会えば、破滅になる結末しかしらないのですが」
「悪魔が口に出来る、通貨(砂金類も含む)以外の唯一の固形物、だから。莫大な魔力を与えるが、世にあれ以上の美味なものはない。喰ったが最後、生きる喜びが褪せていくのだよ。深い絶望に蝕まれて」
「はあ」
「だが、それはそれでかまわない。私が唯一に会うことはないだろう。人界の時間は現在は10倍で、唯一はほとんどが悪魔が人化した前後に生まれるらしいから。私は味わうこともないし、破滅もしない。その魂を貪り喰らった悪魔が、魔王になって、その魔力でロストした杖を再度生んで、はかなく消えていってくれればね。そのために世界の壁は薄くなり、弱い悪魔が行き来しやすくなるのだよ」
「世界が使い捨ての魔王を作製するための、措置、ですか」
せっかく、魔界の高位の悪魔が出てきたので、説明しよう。
悪魔は生まれたときは獣の姿で、7週間前後で、人に近い姿になる。
この姿は永遠に固定であり、強い悪魔ほど、人間に近くなる。
魔王は女性の姿で、20歳ぐらいのスレンダーな北欧系美人である。
カイがどうしても、足に獣の本性が残っていたが、魔王もこの公爵も頭のてっぺんからつま先まで、人間そのもので、人でない部位は角と尻尾くらい。
角は長さ2~3㎝が平民悪魔基準で、これを1とする。角は大きい方が強く、左右対称であるほど魔力の操作がしやすくなる。
魔王の角は後頭部に添うように平たく伸びて項ぎりぎりまである。悪魔的に角ランク7であるが、普通の角に比べて太さが倍以上あるので×2となる。公爵は8で、彼の場合、鹿の角的に枝分かれしているため、非対称。長さとして計るのは本枝のみだ。27㎝ある。獣姿になったらもっと長いが、魔力値等に反映されない。
公爵が21歳ぐらいの男性の姿で、身長は197㎝。
魔王は200㎝ジャスト。
身長も強さに比例し、男女特に区別なく、2メートルに近いほど、身体的に強い、とされる。
角が魔力と魔法の操作力を対外的に示し、人間に近い肉体で、身長が2メートルに近いかが、「どんだけ殺そうとしても死ににくい」ことを表す。
この身長もでかければでかいほどいいのか、といわれると、大きくなりすぎると人間ではなく、悪魔的に、巨人の本性を消せていないことになるので、100㎝と300㎝、どっちが能力的な理想値が高いか、と問われれば、100㎝の方である。なにせ、300㎝の人間、まずいないから。いたら、何かしら異常があるから。
そして見た目の年齢については。
20歳に近いほど、あらゆる力(基本は魔力)の制御力がある、と言われている。制御できるとどうなるかといえば、肉体の魔力循環がよくなるので、高寿命になりやすく、肉体の治癒力が高い。
30歳と15歳では、30歳の方が良い。
60歳と8歳では、ほぼ同じで、これが最下位である。5歳や80歳もいないではないが、魔力制御不全でほとんど生きられない。
8歳外見で身長2メートル、とかは存在しない。
もっと簡単に説明すると、
角が大きい=魔力が伸びやすい
角が対称=たくさんの魔法を覚えて使える(魔力コントロール)
20歳の近い見た目=寿命が延びやすい、怪我が治りやすい
身長=見た目とリンクしやすく、2メートルに近いほど、反射神経と持久力が増し、打たれ強い(魔法へのレジストも伸びやすい)
人間に見た目が近い=能力を効率よく伸ばしやすく、回復力も大きい
となる。
このほか、本性が大型な動物ほど、いろいろと強い傾向がある。
さて我らがカイγーンであるが。
見た目15歳ぐらい、身長160㎝ぐらい、角は皮膚の下だが、対称っぽい(見えない)。足が踵がないほかはだいたい人間。
外観ではかるなら、弱い悪魔だ。
え、公爵の見た目が気になる?
神経質でイライラした感じのオーラ漂う、外見21歳、197㎝の細マッチョな、黒髪にグリーンの目の青年風である。尻尾が短い。本性ヘラジカ。ついでに『傲慢』である。
ちなみに魔王の本性は駱駝である。はっ、ラクダぁ? と馬鹿にするなかれ。幼少期、500㎏の巨躯でいろいろ吹っ飛ばしたため、兄弟二人(狼とハイエナ)は逃げ回ったものだ。そのときの記憶が残っていれば、この同腹生まれの姉妹に敵対しようなんて思わなかっただろうに。そして、与えられているのは『怠惰』。
公爵も魔王も草食獣だが、純粋に大きな体格の陸上生物は、だいたい草食動物である。
ついでにヘラジカは、生息地域では『熊より怖い』と現地の人が言う生き物である。
執務室に戻る。
「そういえば、捻れ角を見たことあるか」
と、魔王が問うた。
「サインすればいいだけなんで、まじめにサインし続けてください」
「ちゃんとサインしてるよ」
公爵はため息をついた。
「配下の給金とかは、自分で差配してほしいんですが」
「白金貨の両替がなぁ」
「私が侯爵の時は砂金に替えられましたが、今は小金貨にしかできませんからね」
「いやー、お前のことだから、侯爵時代の砂金、残しているだろうに」
「私も、自分の配下への支払いがあるんです」
しばらく黙って、魔王はサインし、公爵はサインすればいい書類と確認する書類をばらばらと分けていたが。
「私も、500年ほど生きてますが。捻れ、というか巻き角は二人しか見たことないですね。それが何か」
「ん? 雑談に戻ってくると思ってなかった。あの角、計算がおかしくてだな」
「二巻きで、4でしたね。見たのはそれが最高でした」
「ああ、両方が巻いている前提だが。あまり、それ以上は見かけないんだが。計算が得意な悪魔がおらんでな。なんでそうなるのか、さっぱりなんだが。お前なら、わかるかと。ああ、ああ、ちゃんとサインは書いてる。心配するな」
「ちなみに、わかる範囲でどうなってるのです?」
「1巻きが1、2巻きが4、私が見たのは、3巻きが9の男だった。魔王になる前で、喧嘩売られて殺したけれど」
魔王様およそ14。
「6ではなく?」
「だから、わからんのだ」
「・・・・あ」
「わかったのか」
「その情報だけで、導き出せる、答えならば」
答えはそのうちに♪
簡単な数学ですよ。