悪魔の階級
カイは野良悪魔である。
正しくは、平悪魔になる。
両親も野良で、平だ。
六十年ぐらいしか寿命がなかった。
もう少し強くなると、騎士爵見習いとなり75年の寿命になる。
悪魔は己の生きられる寿命を確認できる。
カイは寿命をまったく意識していなかった。
人間界で五十年過ごしても、魔界に戻れば、四十二年の寿命が残っているからと、来た当初計算したら、それっきり、安心してしまっていたのだ。
一方的に、ジョーンの口をぺろっと舐めて、最近は痛くないように舌の先で、トゲトゲしてないところで舐めているのだが。
「んん?」
心臓にぱちんっと火がはぜたような変な感覚があって。
あ、騎士爵見習いになってる
銅銭を食べた両親ですら、平のままだったのに。
あー、相性が良い、僕に必要な滋養の魂なんだなぁ、ジョーンは
と、改めて察した。
階級が変わったせいか、変な眠気に襲われて、ジョーンの胸元に潜り込んで、眠った。
起きたら、夜明け直前だったので、こんなに長く寝たのは初めてで、カイはびっくりした。
それから、慌てて人の姿に戻って、服を着た。ジョーンが買ってくれた。動きやすく、男の子でも女の子でも、着ていて変ではなさそうな、ちょっと裾の長いシャツとパンツ。
顔を洗って、髪をとかして、縛って、パンとスープを出す。
家の中に火はないので、アパート裏手の竈で湯を作ったり、スープを温める。小さい暖炉はあるので、寒くなったらヤカンをかけるぐらいには使うけれど。そんなに寒くない時は薪代が痛いなぁと思うので。
それに、竈にあんまり出没しないのに、料理が出来てるのはおかしいからね、と。
真似ごとだけしていたけれど、一緒にパン作るかい? とか誘われることも多くなった。
材料が共同購入だし、竃の火の代金(薪代)も人数で割るから、お得なので、週に一度は参加している。
そしたら、ジョーンが「え、ほんとうに生活費、これだけでいいのか」と聞いてきたから、あの女、本当に、まともに奥さんしてなかったんだろうなと察した。
余ったお金で冬服を買ってもらった。
今着ているものと、タンスにつり下げてある革のコートと手袋。
革の臭いがあまり好きではないけれど、少し高めのそれは、カイの苦手な臭いがずいぶん少なくて、あ、これなら着れそうとうれしくなった。
じきに、港にくる船も減っていくから、最後の稼ぎどき。
風が強くなってきたし、寒いんだろうな、と温度に対する感覚が人間と異なるカイは、ふうっと吹く息が白いのを、人ごとのように眺めた。
こちらに来たばかりの頃、昼は暑くてお弁当など持たせられない気温だった。真夏ではなく、暦では秋だったけれども。
今はもう、待たせた水筒を日影に置くと、凍っていることがあるそうだ。風が強くて、遮蔽物の少ない港は風に含む砂がぶつかって、すごく痛いことがある、とか。寒いから、すぐにひりっと痛くなるとか。
もう少ししたら、お休みだし。
仕事がないのがジョーンは不安そうだけれど、実は夏に作った食べ物、収納してあって、悪魔だから腐らない方法でとっておけるから、食べることだけは心配しないで、って伝えた。アパート代と暖炉の薪代は確保して、と。
この日も何気なくいつも通りに送り出した。
最近は、行ってらっしゃいお帰りなさいと頬に口づけをくれるようになった。
女の子にならないと一線は越えてくれないかなぁと悩む。
体を変換させる能力はあるので、女にはなれるが、悪魔が孕めるのは一生に一度のみ。
男に生まれて、そういう意味では安全な姿なので、変換したいかと問われれば、悩むところ。
もし、ジョーンを食べて、男爵になれれば、子供を二人孕めるし、相手に二人産ませられる。
男爵になれるのは五百人の平悪魔のうち、一人か二人らしいから、そこまでいかないだろう。
ふっとむカイは考えこんだ。
ジョーンを食べる?
食べられるだろうか?
食べる日は、完璧に人生を終わらせてからだろうから、ジョーンはきっと七十歳ぐらいで、膝が痛いとか、腰が・・・とか言ってるんだろうな。
そう想像して、なんか笑った。
自分も。
おばあちゃんの振りをして。
ジョーンの隣で、
笑う
食べれる?
こちらに来て、百日目を迎えようとしていた。