母槐
カイγーンは長い廊下をぼーっと歩いていた。
寿命も迫ってきていて、不安だろう眷属達にとりあえず進捗を説明できた。弱者が子供が欲しいというの我が儘なのだが、悪魔の繁殖の縛りの都合、世代を経るごとに減り続けるしかないため、男も生める方が良い。
蜜酒も2杯ほど飲んだし、朝までまだある。
ジョーンの寝ている寝台に潜り込んで、眠れずともぬくぬくとする予定だった。
が。
漆喰風の壁は、いつしか石を積み上げた重厚な年代物に、床も絨毯がなくなり、同じ石を敷き詰めたものに変わった。
壁も床も、そして天井も所々から根が食い破っている。
はっと気がついたとき、石扉が目の前にあった。
眠れない理由。
そして悪魔の繁殖力が著しく低いのに、魔界から悪魔が消失しない理由。
石扉を開けると、背中を向けた女が立っていた。
彼女が見ているのは、巨大な・・・・・・ああそうだ、それは核。2メートルはある女より、さらに大きく、深い琥珀色の。
巨大な槐の木の根が鳥籠のように覆っている。
「はあ、まったく。うちの兎のことはもう愚痴愚痴言われなくても。とりあえず、領地に返したから。な? おまえもドラゴン放し飼いにするな。事故るからなっ。まったく、300年に一度は補充しないとならないとは、システム的におかしくないか。お前は2000年、これに参加しているというが・・・・・・私はこれが終わるまでお前のクレームずっと聞くの嫌だなぁ」
当代魔王が振り返り、
ドラゴンを飼っている公爵ではない、知らない悪魔が来たことに、驚いた。
「ああ、てっきり、あれが2000年不動で、ここの核への魔力注入してたらしいし、私も3回目ぐらいなんだが、前二回、あいつだったので、そのお、間違った」
魔界で、魔力量がもっとも多い二人が、ここに呼ばれる。一応、子爵杖以上を持っていないと、この核のシステムは検索できないので、伯爵となったカイγーンが今回、引っかかったのだ。
魔王は満面の笑みで、
「ありがとうっ」
と礼を言った。
作業中ずーっとクレームを受付なければならないのが、よほど嫌だったらしい。
近年まれに見る上機嫌さで、魔王は説明してくれた。
「50年前後で悪魔が世代交代して、半減していくのだが、それはわかるかな?」
「わかる」
だから、男悪魔が妊娠して生みたいというのを、叶えるのだ。
「女悪魔をいっぱい生み出せれば良いんだが、とても大変? リソース? 不足らしくて、男女比48対52ぐらいの、焼け石に水なバランスでしか生み出せない」
男が情報の引き算で生み出されていることを考えれば、まあわかる。材料がないのに、造り出せない。
極論だが、男女1対99なら、50年後は100人が99人になるだけなのだが。52人では半減の誤差範疇。
「ほっておくと、300年で、3000人がなんと、50人ぐらいになってしまう。爵位持ちががんばったところで、生める女がいなくなってはな」
カイγーンの領民になる前、里人口がもうそんなものだった。
「3000人はどこからの数字?」
「種の維持に必要個体数最低限が2000らしく、それに安全を考えて1000足す感じか。悪魔をこの核で生み出して、各地に3000人ずつ撒く。予定の1.5倍生んでも、全然足りてないと私は思ってる」
カイγーンも同意だった。
「うちの領で3000人預かるというのは?」
「それは許されていない。ランダムに、悪魔の密度が減った地域に撒かれるし、少なくても半年は、この母槐という施設の中で育つ」
「搾取されないように?」
「そういうことだな。よしあしだがね。なんだかんだと、その地のことに詳しい悪魔に保護されれば、生き延びる目も多かろうし」
「一番大事な話だけれど、生まれてくるのは僕の子になるということ?」
「それはない。女の私が魔力を注いでもいけるから。筆頭公爵、ああ、ずっとここに来ていたという奴だが、あれ曰く、魔力を注げば中で勝手に繁殖しているそうな」
「男女の因子双方が中にあるということ、か」
「難しいことはしらん。ああ、最初に言おう。私は名乗るが、お前は名乗るな、若い爵位持ちの悪魔よ。現時点で、お前は子爵以上の悪魔に置いて、魔力の量が頂点にある。勝手にその魔力に飲まれて消え失せるか、飲み干し私の前に現れるかは、しらん。名前やらなにやら聞いてしまうと、だ。筆頭公爵が今回、母槐に呼ばれなかったことを察すると、お前という自分を凌駕した者がいることに気が付いて、きっと根掘り葉掘りねちねち聞くし、うっとうしくて、知っていたらたぶん、いや、絶対喋ってしまうからな。たぶん、お前に面倒ごとが降りかかる」
気を遣ってくれているらしい。
ありがたく受けよう。
「ということで、私は魔王ザητΦァーである」
筆頭公爵に『あれそれ愚痴愚痴言うな』的言動だったから、たぶんそうだろうなあとは思っていたから衝撃は少ない。
「名乗るな、と言われましたので失礼します。私は怠惰と嫉妬の子にございます、陛下」
カイγーンは夫人仕込みの優雅な礼をしてみせた。
魔界と人間界。作法はずいぶん違うが、それでも『礼』というのは、相通じる。
気まぐれに礼服を着ていてよかった。
「名を聞けばわかろうが、お前の片方の親と同じく私も怠惰なる者。面倒が嫌いでな。さっさととりかかろう。兎の世話もあるしな」
「僕も兎飼ってます」
「噛むだろう」
「噛まないけど」
「なぜっ?」
というペット談義のあと、琥珀色の核に二人は手を置いた。
琥珀は、透き通った黄色に近い琥珀色から濃い紅茶のような赤さに変化していく。
魔王は戸惑った。
3回目、でしかないが、筆頭公爵と行った二度のこれは、半日から丸一日、魔力を注ぎ続けることになり、その間、ずっと隣にいる暇を持てあました筆頭公爵から愚痴愚痴言われたのだ。今回、ドラゴンのことがあったから、心底嫌だったが、やらないと魔界が滅んでしまうから仕方ない。
筆頭公爵の方も二〇〇〇年も筆頭公爵であり続けているので、その間に魔王が十四人かわって、自分だけずーっとこの作業を三百年ごとに続行しているわけで。やらずに果てた魔王も多く。
続いてくれてる魔王にうざ絡みしたくなるんである。
カイγーンは頭がすっきりしていくのを感じた。
魔力を吸い取られる。
正直、この弱い肉体に、多すぎた魔力だった。最悪なまでにおかしくならないのは、この魔力の根元がジョーンからの愛であったからだ。
肉体強化が追いついていないから、魔力過多になる。
しゅるしゅると魔力が抜き取られ、琥珀は滴る血の色に変わった。
「え、はやすぎる」
魔王が何か言っている。
カイγーンはだが、琥珀の中に踊る因子を見るのに夢中で、かまっていられない。
×じゃなかった。
ℓだ。
女性の情報が、ℓℓで、男性情報がその半分以下に切られた//だ。
見えないはずだ。目隠しして椅子だと思って触っているのに、でかい食器箪笥だったみたいな。正体がつかめないはずだよ。
1/8いじればいい人間と違って、悪魔は、3/5以上、男の因子は欠落というか切断されている。
見えたっ
見えたっ
そして、一度の繁殖しか女性ができない理由。
ℓℓの状態でしか核内に生命を宿せないのに、一度子作りすると、解けて、長い線二つになってしまう。
これを切って、男性化は出来るけれど、ねじ曲げてもう一度、ℓにしても核に出産情報が残るから、核の方が、生命を生み出す奇跡は一度しかできなくなっているため、再度出産はできない。
そして、核自体には男女差はない。
データのみ、書き換えればいい。
カイγーンは笑んだ。
「間に合った」
時間にして三十分。
核は内部で数千万の悪魔を孕んだ。
これを解き放っても、三百年後には100万人を切る。
今までは。
カイγーンは手に入れた。
悪魔の繁殖力を二倍にするための情報と、それを叶える能力。
眷属の中の何人かが、カイγーンからその技術を継いでいくだろう。
私「ドラゴンが兎にヤられたのが、ここまで引っ張られるとは」
無夜「公爵は暇なので、喧嘩は全部買うんですよ。だから、だれも絡まない。なので、うざく絡みに行きます」
私「魔王は兎の世話してるのが意外」
無夜「実際、兎『が』世話してるんですよ。起きなきゃいけない時間に起きないから、兎が噛んで起こしてます」




