この領の異常性(シルヴァー視点)
救われた。
それは、とてつもなく気に入らない表現だった。
ただ一人生き残った領民、ミディーのためには従順な振りはするけれども。
と、思っていたのは、ほんの半日ぐらいだった。
泣きたくなるぐらいに、カイγーンと自分の格が違いすぎた。
そもそも魔力の量が違いすぎた。
私も男爵の頃は上鉄銭を出したし、子爵になった今も、上銅貨を出せる。
カイγーン、私のご主人となった怠惰の悪魔は、上銀貨を爵位奪取特典で数百枚出したらしい。その後も、ムラがあるが、日に1~4枚、生み出しているという。
生み出す通貨の質や量は、次の爵位を狙う目安になる。私が知る限り、上銀貨は月に15枚ぐらいが上限なのに、なんで二倍以上生み出すのか。
艶々とした顔で(作者・事後ですから)、
「両替してにゃん」
と、かわいらしく言ってきて、100枚の銀貨を積み重ねた盆が目の前に来たとき、みっともなくも泣いた。
新参者で、所属表明もまともに出してない不審者に、こんな枚数預けるの? 預けてなんかあっても、痛くないってことっ。
突きつけられた、彼我の差に。
傲慢という性ゆえに、恩義は恩義で、いつか目の前の、見た目だけは弱そうな主人に取って代わる気概はくすぶっていたのが。
ばしゃんっ
と、バケツの水というよりも、バケツをひっくり返したような豪雨で消された感じである。
野心。傲慢。敵愾心。慢心のようなそれは、私の自我の核だったのが、ぺきんと折れて。
号泣するほかなかった。
「もう、なんで、泣かせるんですか」
と、私付きのボルタがご主人に怒った。
「あ、期日は、急がないよ。大丈夫。銀貨半分にしようか?」
「いいえ。こんな新参者への厚遇と信頼に、必ずお応えいたします」
嗚咽と、掠れで、ずいぶん聞き取りにくい声だっただろうに、ご主人は「そっか。期待してるね」と返してくれた。
私の子爵杖を奪おうともしない時点で、とるに足らない悪魔でしかないのだろう。
ご主人は単純に両替というが。
中鉄銭1枚は下鉄銭12枚の価値になる。
上銅銭1枚は、下鉄銭800枚。
上銀貨1枚は下鉄銭6万枚。
上銀貨1枚につき、私は上銅銭だから、75枚作ることになる。
強い子爵でも月に16枚程度の上銅銭しか作らない。
私は調子が良くても15枚だ。
「リム(下鉄銭産む男爵)たちが両替を拒否ってね(6万枚産むこちらの身にもなってよっ)。せめて銅銭(下銅銭)か銅貨(上銅銭のこと)にって。10年ぐらい? 100年でも? あ、給金は僕の貯めてた上鉄銭で足りるんだけれども。使い減らすのは不安だって、ジョーンがね」
手数料で1枚につき、銅貨5枚分こちらで貰えて。
一日、14回、10枚ずつ銅貨を作成して。
50日も掛かった。
そのころには、切断されて、再生された手足の異様な生白さが、地肌の色に馴染んできていた。
面識はなかったけれど、前伯爵の奴隷だったという憤怒と、顔を合わせたのはここにきて三ヶ月目ぐらい。
彼は不安そうに言った。
「怒るところがないんです」
扱いが良い、ということだろう。
量産(魔法でかさ増しした)蜜酒は週に一瓶配られて好きなときに飲めるし、自分に向く仕事をすればよく、殴られないし、罵声も飛ばされない。
だからこそ、
「牙が抜かれそうなんです」
と、不安なのだと。
わかる。
互い、自我の崩壊への不安に涙ぐんだが、一年後には彼はすっかり牙を抜かれて順応していた。
ああ、同士よ、(以前の)君を忘れない。
体の具合がよくなると、この領地のおかしさが目につくようになってきた。
まず、付き人の強欲のボルタ。
強欲は、弱いことが多い。育てるのに時間が掛かる。だから、私の世話をすることになった下っ端なのかなと思っていた。
強さで言えば、上位層の悪魔だった。
もうここで、この領の順位のありようがよくわからない。
わからないといえば、帳簿。
学んで、理解するのに三ヶ月ぐらいかかった。
掛けとはなんぞや? 資本とは何っ?
純利益?
まあそれはいい。覚えられたから。
付けられるようになったから。
帳簿をつけられたり、検められる悪魔は優遇された。
そのあたりの、力関係もわかりにくいのだが、
「馴れるまで教えなかったけれど、ここには派閥があります」
と、ボルタに伝えられた。
「ムーщ様派と里長派、かな?」
「二人は派閥代表みたいなところがありますからそう思えるかも知れませんが、正しくは旦那様派とご主人派でわかれてます」
何ソレ、である。
「旦那様派は、旦那様が大浴場にゆかれたときに、一緒に入ろうとするご主人を止めたり(いちゃいちゃしたがるから風紀が乱れるので)、旦那様がトイレに行こうとするのをついて行こうとするご主人を押さえ込んだり、旦那様が新聞を読むのを邪魔する猫を排除したりします」
「え、最後の、ご主人???」
「そして、ご主人派は『まあまあそんなことしなくても』とか言いながら、捕まえた猫を放ちにかかるので」
「派閥の話してるよね?」
「ええ、派閥の話です」
本当に、こんな領地で、私の『牙』はいつまで持つだろう。
そう危惧した。
一番、理解しがたかったのが、獣の姿でいる者の多さだった。
人型になったら、普通はそんなに獣化しない。それは弱さの露呈。
悪魔は弱みを見せない。
なのに。
生後一年以内の悪魔が、
「痛いにゃん痛いにゃん」
と、騒ぐ、
君、本性犬科だったよね。
周囲の大人達があやしにくるので、頻繁にそうやってにゃんにゃん鳴く。鳥系もにゃんにゃん鳴く。
元凶は、ご主人で、
「ジョーン、痛い痛いしたのにゃ」
と猫の姿で元気に駆けていく。旦那様が抱き上げると前脚が痛いと、振り振りする。今、なんの問題もなく走ってたよね?
「そうか、痛いのか」
と、撫でたり、鼻ちゅーというのを繰り返して、甘やかす。
そんなの見ていたら、子供がまねするのも道理。
「どうせ、生後一年過ぎたら、もうやってくれませんし、当人達も恥ずかしがりますよ」
「そうそう。本当に、今のうちだけ」
私はここで、がんばれる(自分を保てる)んだろうか。
不安である。
私「シルヴァーが普通に悪魔常識もっているため、この領のおかしさが際立ちますね」
無夜「自我汚染の危機とか、可哀想」
私「本性の姿をさらすのって、どれほどおかしいの?」
無夜「白いドレスで結婚式に参列してきたのが、自分の身内や友人、ぐらい。ないし、仏教系葬式に、がっつりと毛皮のコートとエナメルの赤いヒールと鰐革のハンドバックもってきて、コートの中は柄シャツとかな参列者が、自分の親、レベルな」
私「自分に常識があるほどきつい・・・」
無夜「毒の森の悪魔って、最初、葉っぱ拡大したの巻いてたりしていて、マナーどころじゃなかったし。その後のマナーは人間界寄りだから、よそのことなんて知らないのですよ。シルヴァーは実は公爵(公爵4人が一気に死んだ戦争でロストしている)の曾孫なのでわりと親から教育受けてる。高爵位の悪魔の子は、男爵にならなかったり、なっても強い魔法を持たないと追い出されることが多いので、互いに血縁関係とかは知らない。200年ぐらい前に関係が断絶してる。強い子が欲しいというのもあるけれど、すぐに死んでいく子を見ているのが嫌になって、殺さなければ死なないドラゴン育て始めて、子作りしなくなった公爵とかいるからね」
私「あ、そういう理由であの公爵ドラゴン可愛がってたんだ」




